読み:あんきょらくぎょう
意味:置かれた状況などに心安らかに甘んじ、自分の仕事を楽しんですること。
解説①
この四字熟語は、中国の前漢時代(紀元前202年~紀元8年)の歴史を記した書物『漢書』の「貨殖伝第六十一」に出てきます。
貨殖(かしょく)とは財産をふやすことです。
「貨」には、「荷物」といった意味もありますが、ここでは、さまざまなものに換えることのできるお金・通貨・貨幣(かへい)といった「金銭」や、金銭に換えることができる価値ある「品物」のことを言います。
「ふやす」とは、一般的に「増やす」と書くと思いますが、「増やす」と「殖やす」の使い分けについて『明鏡国語辞典』にわかりやすい説明がありました。
「増」は同じ種類のものが加わって全体が多くなる、「殖」はそれ自身の力で全体が多くなる意。「子(庭木・飼い猫)が増える/殖える」では、前者は寄り集まってふえる、後者は増殖・繁殖によってふえるという違いがある。他動詞「ふやす」も同じように使い分ける。「庭木の種類を増やす/株分けして庭木を殖やす」
解説②
では、「貨殖伝」とはどういったことを記録したものかというと、『世界大百科事典第2版』の「貨殖列伝」の意味・解説として次のような記述がありました。
『史記』では春秋末から漢初(前5~後1世紀)に及ぶ富豪たちの経済行為を述べ、各地の経済地理や気風の相違を記述するとともに、富の追求を是認し、それに成功する能力を高く評価する。『漢書』は反対に、『史記』以後の漢代の富豪を若干補うほかは、農本主義の立場から商行為による蓄財を非難する。
わかりやすく対比させると、
『史記』:富の追求を是認し、それに成功する能力を高く評価する。
『漢書』:農本主義の立場から商行為による蓄財を非難する。
という視点から、記録された書物です。
解説③
上記の解説を踏まえ、今回の四字熟語に関する部分を抜き出してみます。
・昔、先王の制度では、天子・公侯(こうこう)・卿(けい)・大夫(たいふ)・士から馬丁(ばてい)・門衛(もんえい)・夜警に至るまで、その爵位(しゃくい)・俸禄(ほうろく)・奉養(ほうよう)・宮室・乗物・服装・棺槨(かんかく)・祭祀(さいし)・死生の規制において、それぞれ差等があった。小が大をしのげないのも、賤(せん)が貴(き)をこえられないのも、さもあるべきことゆえ、上下の秩序があってこそ、民心は安定するのである。
・『管子』に「古(いにし)えの四民は雑処することができなかった。士は互いに閑暇(かんか)くつろぎのおりに仁義を言い、工は互いに役所で実技を議し、商は互いに市井(しせい)で財利(ざいり)を語り、農は互いに田野(でんや)で播種(はしゅ)・収穫のことを謀(はか)って、朝夕に本業に従事し、他事を見て心ひかれ転業するようなことがない」とある。したがってその父兄は厳しくしなくても教えを達成し、子弟は苦労しなくても学を成就して、おのおのその居に安んじその業を楽しみ、その食を甘いと思いその服を美しいと思い、奇麗で華やかなものを見ても、それが身につかないことは、たとえば戎(じゅう)・翟(てき)と干(かん)・越(えつ)とが雑居しないようなものである。
・したがって欲が寡(すく)なくて事がはぶかれ、財が足って争いがなく、そこで民の上に立つ者は、徳をもってこれを導き、礼をもってこれを斉(ととの)え、それゆえ民は廉恥(れんち)の心があってかつ敬(つつし)みぶかく、義理を貴(たっと)んで、利を賤(いや)しく思う。
*意訳
この時代の制度では上下の差がはっきりとしていて、下の者が上の者、貧しい者が裕福な者を越えられませんでした。
そんな状況でも、衣食住が十分に足りていれば、人々は自分の仕事に専念でき、たとえ職業や身分に違いがあっても、周りをみて、それに心を惹(ひ)かれて仕事をかえるようなことはありません。そうであれば、両親が厳しくしなくても子どもたちはまっすぐに育ち、学問を修得し、そして安らかに暮らし、仕事を楽しみ、どんな食べ物であってもおいしいと感じ、どんな服でも美しいと思い、きれいで華やかなものをみてもそれに心を動かされることはありません。
欲が少なければ、財産もあるだけで足りますし、争いもありません。民の上に立つ者は、道徳や礼儀によって人々を指導します。そのため、人々は恥を知る心があって慎み深く、義理を大切にして、利益を貪(むさぼ)ることを卑(いや)しく思います。
指導上のポイント
解説②にあるように、この四字熟語の背景には、商いをして財産を必要以上に蓄えることに対する批判があります。
しかし、よく読んでみると、商い自体を否定しているのではありません。商うことのほうが他の職業よりも儲かると考え、農業や工業を本業としていた人がそれをやめてしまって、商業に転職してしまうと、世の中のバランスが崩れてしまい、食料や衣服といった、人が生きていく上で必要なものが不足してしまうことを心配しているのです。
親であったり、先祖代々続く家業を継ぐか継がないかは、今の時代、一概にどちらがいいとは言えないと思います。やりたいことがあって、それをやろうと思えば、チャレンジできる時代ですから、子どもたちの能力を伸ばしてあげたり、希望や夢を叶えさせてあげることが一番なのかもしれません。
ただ、子どもたちが成長して、仕事に就くことを考えるようになったら、まず、今の社会を日本だけではなく、世界、そして、地球規模で見通して、今の世には何が必要で何が足りないのか、そして、そういった社会において、自分ができることはなんなのかを、考えてほしいと思いますし、今回の四字熟語をそのきっかけにしてもらえたらと思います。
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