尉・熨・慰

音読みは「イ、ウツ」で、訓読みは「じょう」。「じょう」はてっきり音読みだと思っていた。

次に意味を、と思ったが、成り立ちが興味深かったので、成り立ちから。

この「尉」という漢字、

尸+二+小+寸

と分けられるが、

最初の「尸+二」は、「ひのし」と言って、今でいう「アイロン」の象形。
古い時代に行われた文字の統一のさいに、死体を意味する「尸(しかばね)」の古い字形が「ひのし」の象形と似ていたこともあって代用されたのだと思う。漢数字の「二」は『字統』の解説から類推すると、「布」を表しているのかもしれない。

そして、「小」は、実は「火」。そして、「寸」も元は「又」だった。寸と又はいずれも手を表す漢字なので、成り立ちを考える上では特に問題はないが、「小」と「火」では意味が全く異なり、なぜそうなったのかはわからなかったが、「示」という漢字が元となって置き換えられてしまったのかもしれない。

ということで、この「尉」という漢字は、

手にひのし(アイロン)を持って、布のしわをのばしている様子

を表している。そして、上から押さえてまっすぐにする様子から、「おさえる」「正す」という意味にも使われるようになったため、「尉」に「火」を加えて意味を特定したり、更には、しわのように縮んだ心をのばすというふうにも考えられて、「なぐさめる」という意味にも使われるようになった。

ひのし→熨󠄀

なぐさめる→慰

また、「尉」は、上から押さえてまっすぐ(正しく)するという行為から、階級(位)や官職名に用いられるようにもなっていった。

こういった意味の多様化から、アイロンの意味での「ひのし」は次のように変化していった。

 尉→熨󠄀→熨斗→火熨斗

「熨」の次に「斗」という漢字が付け加えられているのは、「斗」に「ひしゃく」の意味があり、「ひのし」が「ひしゃく」に似ているためと思われる。


*これは「ひしゃく」。「ひのし」は金属製で、容器の部分に炭をいれて使う。

では、なぜ、「熨斗」に「火」が付け加えられたのか。

それは、「熨斗」が「ひのし」の意味以外に用いられるようになったから。

「ひのし」は元々、

火+のし

では、「のし」はというと、動詞の

伸(の)す:伸ばす、伸びる、広げる、平らにする

の名詞形。「のす」は、

熨す、延す

とも書く。

「のし」は一般的に

熨斗

と書き、日本では、

①アワビの肉を薄く切って干したもの。進物の包紙の上につけて祝意をあらわすときに
用いる。のしあわび。
②祝意をあらわすために進物につける紙製のもの。方形の紙を重ねて折りたたんで
ひだをつけ、その中にのしアワビを小さく切ってはさむ。今日では略式のものが
用いられている。『漢字源 』

という意味で使われていて、元々は、

熨斗鮑(のしあわび)

のことを言うらしく、鮑が省略されて「熨斗」になったらしい。

そのため、「熨斗(のし)」と聞くと、


を思い浮かべるが、本来は、

を「折熨斗(おりのし)」と言い、縦長の黄色い板状のものが「熨斗鮑」に当たる。

『熨斗の世界』
というホームページに詳しい説明があったので、一部引用。

「伊勢神宮に奉納されている熨斗鰒*の由来が、「日本書紀」(720年)に記されています。 それによると、天照大神の命によって倭姫命(やまとひめのみこと)が伊勢に御鎮座を終えたのち、 志摩の国崎(くざき)で海女から差し出された鰒(あわび)にたいそう感動し、伊勢神宮への献上を求めました。 海女は、これに応えていわく「承知しました。生のままでは腐りますので、薄く切って乾燥させましょう」 ——これが、以後2000年にわたり、三重県鳥羽の国崎町で古式に則り作られている熨斗鰒の始まりです。」*「鰒」も「あわび」のこと。

以上のような理由から、最終的に、アイロンの意味の「ひのし」は、

火熨斗

と書くようになった。

最後に、「熨・慰」を含む熟語などで覚えておきたいものを挙げる。

澡󠄀熨(ソウイ)
洗濯して火のしをかける。転じて、改善改良するたとえ

湯熨(トウイ)=温罨法(オンアンポウ) *類義語で出るかも?
湯と火のしを使って、患部を暖めて治療する方法。

(イシャ)、慰謝(イシャ)
なぐさめいたわる。なぐさめ力をそえる、力づける。藉は敷物(しきもの)。
敷物の上にのせて体をいたわる意。

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