四字熟語「曲肱之楽」の「肱」についてと、「肱」と同じ意味を持つ「肘」「臂」についても合わせて調べてみました。
調べを進めると、それぞれの漢字の成り立ちにいろんな変化があったり不明な点があったりしました。特に「寸」を含む「肘」については長くなりそうですので、まず「肱」「肘」「臂」を概説し、そのあとで「肱」と照らし合わせながら「肘」について改めて解説したいと思います。
なお、いつものことですが、わたしの勝手な推論が多く含まれていて、一般的な辞典類の解説とは異なる部分がありますので、子どもたちに説明するさいには、「こんな見方もあるんじゃないかなあ。」という程度に留めてもらえたらと思います。
まず基本的なことですが、「肱」「肘」「臂」は人体の一部分「ひじ」を表わします。

これは「ひじ」のイラストですが、これだけだと「腕(うで)」と思うかもしれません。
では、「ひじ」の部分に印(しるし、マーク)を付けるとどうでしょうか。

このほうがわかりやすいと思います。
「ひじ」の字形もこのような発想だと思います。「肱」「肘」「臂」の古い字形を順に並べましたので、見てみましょう。*「肱」は『小學堂|字形演變󠄀』、「肘」「臂」は『漢字源流|中華語文知識庫』からお借りしています。



最初の字形は「肱」です。上の部分の三本の線が「手」で、そのうちの真ん中のななめの線が「腕」です。そして、その線の途中に○のような印を付けて「ひじ」を表わそうとしています。
二番目は「肘」です。「手」は最初と同じですが、真ん中の「腕」の部分を曲げて、「ひじ」の部分を線で示そうとしています。
「肱」「肘」のどちらも、「ひじの部分はここですよ。」ということを示そうとしたものと思われます。「肱」は腕が直線ですが、「肘」は線を曲げて、更にその場所を線で示しています。
一方、「臂」は「ひじ」の部分を示すだけでなく、その部分が”関節”であることを示そうとしたのではないかと思います。
「ひじ」の関節部分のイラストを見てください。

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、縦の骨が肩から肘までの骨で、横の二本の骨が肘から手首までの骨になります。そして、その三本の骨が靱帯(じんたい)でつながれています。
では「臂」という漢字はどのような組み合わせになっているかというと、こうなっています。
「辟󠄀(ヘキ・ヒ、*)」+「月(にくづき、肉)」
*「辟󠄀」の訓読みは「さーける、きみ、めーす、よこしま、かたよーる、ひらーく」。
そして「臂」の組み合わせを、古い字形とイラストとを比べながら見てみると、

真ん中の下の部分に「月」があって上の部分が「辟󠄀」です。「辟󠄀」は古い字形では左右反対になっています。真ん中の「月」の上にあるのは「辟󠄀」の「口」のような部分かもしれませんが、わたしは「ひじ」の関節部分を表わしているように見えます。
「辟󠄀」にはいろいろな意味がありますが、「臂」では「さーける、ひらーく」という意味で使われていると思います。
わたしたちは普段意識していませんが、関節部分は靭帯でつながれていて、そこを切ると骨を切り離すことができます。そういったことも「臂」という字形に現れているように思います。
以上、見てきたように、「肱」と「肘」は腕の、どこが「ひじ」なのかを示した字形だと思います。それに対して「臂」は「ひじ」の関節部分に着目して作られた字形なのではないかと考えました。
ここまでが「肱」「肘」「臂」の成り立ちについてのおおまかな解説です。
なお、「臂」については上記の解説で終わりにして、ここからは、「肱」と「肘」についてのみ、改めてみていきます。
もう一度「肱」と「肘」の一番古い(と思われる)字形を見てください。


この二つの字形と今の字形「肱」「肘」を比べると、古い字形にはどちらも「月(にくづき、肉)」がありません。長い年月、「月」はありませんでしたから、今のような字形になってからも「肱」は元々「厷(コウ)」でした。しかし、漢字の数が増えるにしたがって、人体の一部であることを明確にするため、「月」が加えられたのだろうと思います。そして、次第に「厷」だけで使用されることがなくなっていったのだと思います。
次に「肘」ですが、これはかなりややこしいです<苦笑>。
「月」については「肱」と同じ理由ということでいいと思いますが、問題なのは「寸」です。
「肘」に含まれる「寸」は「ひじ」を表わそうとしてできた字形が元になっているのですが、この「ひじ」を表わす「寸」とは別に、長さを表わす「寸」があります。

手首に親指を当てて脈(みゃく)を測っている様子を元に、親指の幅を「寸」としたようです。この「寸」という字形が作られた時代では一寸は2.25センチだったようですが、実際に自分の親指の幅を測ってみたら、確かにほぼ同じでびっくりしました<笑>。
それから「肘」には、音読みに関する問題もあります。
「肘」の音読みですが、「寸」を元にすると「スン」と読みそうですが、そうではなく「チュウ」と読みます。この点について『漢字源 改訂第五版』では次のように解説されています。
*わかりやすいように少し加筆しています。
”肘は「肉+寸(手)」。もと丑(チュウ)が腕を曲げたさまを示す字であったが、十二支の名[丑(うし)]に転用されたため「肉+丑」チュウ(ひじ)の字がつくられた。それと肘は全く同じ。”
調べてみると、手持ちの辞書では見つけられませんでしたが、『辞典オンライン:漢字辞典』にはありました。
䏔
ではなぜこの漢字が「肘」と同じとされているのかですが、それは「丑」の古い字形を見ると、なんとなくわかるような気がします。

この字形から、「手の指が曲がっている。手の指を曲げて何かをつかもうとしている、あるいは何かをひねろうとしている。手の爪を強調している。」などといった解釈があるようですが、ひとつ言えることは、手と腕の部分ではあるようです。
ただ、この字形から「ひじ」を想像することは難しいように思いますし、古代中国においても同じだったのではないでしょうか。そのため、「䏔」は次第に使われなくなり「肘」に置き換えられたのだろうと考えられます。
なお、これは余談ですが、「丑」がなぜ「うし(牛)」なのかについて考えてみました。
「丑」の古い字形は先に示しましたが、それから時代が進み、次のように変化しました。

この字形と、畑を耕すために牛にひかせている道具・犂󠄀(すき、からすき)のイメージを重ね合わせたのではないかと勝手に推測しています。こじつけだとは思いましたが、備忘録として残しておきたいと思います。

話を「寸」の成り立ちに戻します。
『Wiktionaryー寸』に気になる字源の解説がありました。
ア)「尊」の略体。のち仮借して、長さの単位を指す漢語{寸 /*tshuuns/}に用いる。
イ)手を当てて物の長短を測る様を象る象形文字などと解釈する説があるが、誤りである。
ウ)なお、「肘」や「守」に含まれる「寸」は異なる起源を持つ。
エ)また、「寺」「專」「辱」など(「尊」も含む)、字の下側に位置する「寸」の多くは、それぞれの甲骨文字や金文の形を見ればわかるように、「又」に羨筆(無意味に足された筆画)が付加されて形成されたものである。
まず、アについてですが、もしかしたら、古代中国における度量衡(どりょうこう)が関係しているのかもしれません。以下、コトバンクにあった解説の一部を紹介します。
”<中国の度量衡>
中国古代の度量衡の発達と数学や科学的な知識との結びつきも無視できない。前344年に作られた商鞅銅方升(しょうおうどうほうしょう)は〈度を以って容を審(つまび)らかにした〉もので、161/5立方寸を1升として、尺度の数値と容量の単位を結びつけたものである。
執筆者:橋本 敬造、出典:株式会社平凡社『改訂新版 世界大百科事典』より。”
つまり、「寸」という字形が含まれて、なおかつ、「たる(樽)、酒だる、酒つぼ」といった容器の意味を持つ「尊」という字形を用いたのだろうと推察しました。
イについては、誤りかどうかの判断はわたしにはできませんが、ひとつ言えることは、長さの単位として「寸」が用いられるようになった時代は「肘」の元となる古い字形が作られた時代よりも後だということです。
ウについてはその通りだと思います。
エの指摘は重要で、特に「寸」が含まれる漢字には注意が必要だと思いました。
以上、ア~エの字源解説を元にして、改めて「寸」を分類すると、
①「肘」に含まれる「寸」の古い字形は「ひじ」を表わしている。
②長さの単位「寸」は手首に親指を当てている様子が元となっている。
③「寺」や「尊」に含まれる「寸」は「又(手)」の古い字形が元となっていて、点は字形を整えるために打たれたもの。
ということになるかと思います。
説明不足、言葉足らずで要領を得ていないかとは思いますが、この辺で終わりにしたいと思います。
*参考資料
『中国古代度量衡史の概説』丘 光明、楊 平、邦訳:白雲 翔、計量史研究(18[19]1996)、国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10631890&contentNo=1
『中国から寄贈された古代計量器の複製品について』岩田重雄、計量史研究(32−1[38]20010)、国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10632201&contentNo=1
『Wiktionaryー寸ー』
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AF%B8
『「寸」のはなし:かんじのはなし』2023年08月27日、yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/2023-08.html?p=2
『コトバンクー度量衡(どりょうこう)ー』コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E5%BA%A6%E9%87%8F%E8%A1%A1-106567#goog_rewarded
『漢字辞典オンライン』「漢字「䏔」について」、辞典オンライン、ジテンオン
https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/21769
『コトバンクー犂󠄀(すき)ー』コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E7%8A%82-83492#goog_rewarded
『Wikipediaー十二支ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BA%8C%E6%94%AF

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