読み:はくぶんやくれい
意味:広く文献に目を通して学問を修め、礼をもって学んだことをしめくくり実践すること。
出典:『論語』<雍也 第六>
解説①:
この四字熟語の元になっている原文の書き下し文と現代語訳です。*吉田賢抗『論語』<新釈漢文大系第一巻>より。
”子曰く、君子は博(ひろ)く文を學び、之(これ)を約(やく)するに禮(れい)を以(もっ)てせば、又以て畔󠄀(そむ)かざる可(べ)きか。”
”孔子言う、学者は幅の広い学問をして教養を豊かにするとともに、これを集約して実行するのに、礼すなわち、正しい生活様式を規準としていくなら、道にそむくことはあるまいなあ・・・・・。”
*補足説明:
・一般的に「ひろい」は「広い」と表記されますが、学問や知識をより深く学んだり知識を得たりすることを表わしたいときに「博(ひろ)い」と書くこともあります。
・「禮」は「礼」の旧字体です。「礼」にもいろいろな解釈があり、この現代語訳では「正しい生活様式」と訳されていますが、それは道徳であり、『詩経・書経・礼記・楽記』などといった、いわゆる儒教の教えのことと理解するといいと思います。
・「そむく」とは規則・約束・教えなどに反する行動をとることで、一般的に「背(そむ)く」と書きます。「畔󠄀」は「あぜ」と言って「田と田を分ける=畔」、いわゆる田や畑などの耕作地の境界のことを指します。「分ける⇒離れる」というように意味が派生して「そむく」という意味にも使われるようになったのだと思います。
解説②:
『論語』は文が短いこともあって、解釈がさまざまです。今回の文でも、特に
之を約するに・・・
の「約する」の解釈が難しいですね。「之」は「広く学んだこと」を指していると思いますから、「広く学んだことを約する」とはどういうことなのかだと思います。
わたしなりの結論から先に言うと、「広く学んだことを社会の規範や秩序に照らし合わせて善悪を判断し、社会にとって必要とされるもの、大切なものは何かを取捨選択すること。」だと思います。
吉田賢抗『論語』<新釈漢文大系第一巻>の「余説」がたいへんわかりやすく、また、この四字熟語に含まれる最も大切なメッセージが書かれてありますので、一部引用します。
”孔子の学問論は、ひろい知識、教養を必須のものとするが、これを現実化してその時代に合わせなくては何にもならない。孔子の理想はあくまで人となることである。人として正しい人、立派な人とならなくては、博学も、深い教養も、円熟した技術も何等価値のないものだ。
~~~中略~~~
知識はあっても、冷酷無残(れいこくむざん)、人面獣心(じんめんじゅうしん)の輩(やから)ほど厄介至極(やっかいしごく)のものはなかろう。現代の教育も、科学の分野は広く究められ、地球上のありとあらゆる知的要素も容易に学びとることができようが、之を律する礼の確立をみないままに放任されているようで、かくては(*このままでは)博く学問するほど、扱いにくい人間が多くなりはしまいか。道義のない科学知識の進歩した社会ほど怖ろしいものはない。”
今回参考にした本の初版は1960(昭和35)年に出版されていますので、「余説」は65年より前に書かれたものだと思われますが、今の世の中のことを言われているような印象を受けました。また、孔子(紀元前552/551年~紀元前479年)が生きていた2500年以上も前の時代においても今と同じような問題があり、それに対する孔子の教えが今に活かされていない現状を本当に残念に思います。
解説③:
「博文約礼」のそれぞれの漢字については、出直し!漢字学習のコーナーで個別に解説します。特に「博」についてはこれまでに何度か解字を試みましたが、納得のいく答えを出すことができないままでした。これまでの考えを元に改めて整理してみたいと思っています。
*参考資料:
『論語』吉田賢抗、新釈漢文大系第一巻、明治書院、1960(昭和35)年5月25日(初版)

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