読み:きょくこうのたのしみ、ふうきふうん
意味:[149]清貧のなかでも、常に正しい道を行う楽しみ。
意味:[520]財産や地位ははかなく頼りにならないものだということ。
出典:『論語』<述而 第七>
解説①:
この二つの四字熟語が含まれている書き下し文と現代語訳をみてみます。
*『論語』加地伸行氏より。
<書き下し文>
子(し)曰(いわ)く、疏食(そし)を飯(く)らい、水を飲み、肱(ひじ)を曲げて之(これ)を枕(まくら)とす。楽しみ亦(また)其(そ)の中に在(あ)り。不義(ふぎ)にして富(と)み且(か)つ貴(たっと)きは、我(われ)に於(お)いては浮雲(ふうん)の如(ごと)し。
<現代語訳>
老先生の教え。粗食(そしょく)であり飲むものは水、肱を曲げて枕として寝る。そのような質素(しっそ)な生活の中に、楽しみがある。不当なことをして得るような財産や高位は、私にとっては雲のようになんの関係もない。
解説②:
今回の二つの四字熟語について自分なりに解釈・解説しようと試みましたが、うまくまとめることができませんでした。
わたしが調べた資料の中で、以下に転記する解説が最も印象に残りましたので紹介します。
”千古の名言だ。この一言の中に孔子の生涯を貫く凜(りん)としたものを感ずる。「不義にして富み且つ貴きは我に於て浮雲の如し」と、まことに力強い言葉である。しかし、大切なことは、この言葉の出る裏面に、すなわち奥底に、「楽しみその中に在り」という楽しみのあることである。心に楽しみの無い生活に、「不正不義に陥るな」と大声しても、その効果は期待できないであろう。経済的な豊かさと、社会的な優位のみを求めて以て楽しみとなし、何の反省もない者にいたっては、また何をかいわんやだ。”
*吉田賢抗『新釈漢文大系第1巻 論語』述而第七、163余説より。
解説③:
書き下し文にある「不義」の「義」の意味ですが、『新漢語林 第二版』によると、主に次のように定義されています。*一部抜粋し加筆・修正しています。
・正しい。道理にかなっている。ものの処置・対応が適切である。態度・行動が礼にかなっている。
・人の踏み行う(言うだけでなく実践する)べき正しい道。公正でそうあるべき道理。特に、儒教における五常(仁・義・礼・智(チ)・信)の一つ。
・人道(じんどう、人として守り行う道)・公共のために尽くすこと。名誉や利益をはなれて正しい道に従うこと。また、他人のために自己を犠牲にすること。
こうして「義」の意味をみてみると、「不義」にどんな意味があるのかもなんとなくわかってきます。ただ単に悪い行いであったり、犯罪を意味するだけではなく、いわゆる道徳的によくないことを「不義」と言っているように感じます。
『小学館日本大百科全書(ニッポニカ)』澤田多喜男氏によると、「義」は、
”中国の思想界では絶えず利と対比される概念で、正義、人としてなすべきことの基準の意。『論語』里仁篇(りじんへん)の「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」のことばに代表されるように、儒家は利を排して義を選ぶ。”
とありました。今回の文もこの概念に沿った内容のように思えます。
解説④:
「浮雲の如し」
この部分の解釈は次のように大きく二つに分かれます。
・浮かんでは消え、消えては浮かぶ雲のように、壊れやすく長続きしない。
・天(空)に浮かぶ雲は、地上にいるわたしとはかけ離れた存在である。
どちらが正しいということではなく、この二つをあわせて理解するといいと思います。つまり、
”不義によって得た財産や地位は長続きはしないし、元より、わたしには無縁である。”
というような意味合いになるかと思います。そして、
”そんなものを得るために齷齪(あくせく)しないで、貧しい生活の中に楽しみを見つけること。”
このことを教えてもらっているようにわたしは感じています。
解説⑤:
今回の二つの四字熟語でひとつ気をつけないといけないことがあります。それは、
”まじめに、一生懸命働いて、結果として財産や地位を得ることを否定しているのではない。”
という点です。
*参考資料
『新釈漢文大系第1巻 論語』吉田賢抗、明治書院
『論語』加地伸行、講談社 *講談社学術文庫
「述而第七 15 子曰飯疏食飮水章」『Web漢文大系』藤川全祐
https://kanbun.info/keibu/rongo0715.html
『コトバンクー義ー』*この中に澤田多喜男氏の解説があります。
https://kotobank.jp/word/%E7%BE%A9-49809
『コトバンクー五常ー』
https://kotobank.jp/word/%E4%BA%94%E5%B8%B8-64794

コメント