「博文約礼」という四字熟語にある「礼」について調べました。
まず、意味の確認です。今回は『漢検漢字辞典 第二版』を参考にしました。
①秩序ある社会生活を営むうえでの定まった作法や儀式。
②うやまう。敬意をはらう。
③感謝の気持ち。
もっと細かく分類されている辞典もありますが、このような理解でいいと思います。
問題なのは、成り立ちです。
礼には旧字体があり「禮」と書きます。これをもとに、まず「禮」の一番古い(と思われる)字形をみてみます。*『漢字源流|中華語文知識庫』より。

この頃はまだ「示」がなく「豊」だけです。「禮」の右側の「豊」は「レイ」と読みます。
一方、教育漢字の「豊」は「ホウ、ゆたーか」と読み、「レイ」とは別字とされていますが、現在の字形は全く同じです。
「豊(ホウ)」には旧字体があって、次のように書きます。
豐
この二つの字形にある、同じ形をした「丰」が問題をややこしくしてしまっています。
「豐」にある「丰」は「ホウ・フウ」と音読みします。単独ではまず見ないと言っていい漢字ですが、「峰・逢・邦」などの漢字に含まれていて、今でも使われています。
「丰(ホウ・フウ)」の一番古い(と思われる)字形は、

です。この字形は「草(の穂?)がよく茂っている形」を表わしているようで、「草がよく茂っている」という意味になります。
この字形にはもうひとつ「見た目が良い。顔がふっくらとして美しい。姿や形。」というような意味があります。これについては後ほど説明します。
一方、「禮(レイ)」の一番古い字形にある「丰」のようにみえる字形は、実は「丰(ホウ・フウ)」ではなく、「玉」の古い字形です。

「玉」は「ギョク」と音読みし、美しい石、いわゆる「宝石」を意味します。
この字形は、いくつかの玉(ギョク)を紐(ひも)に通した形で、身につける装飾品のようなものを表わしているようです。玉が丸くなく、横棒のため、どうみても、そうは見えませんが<苦笑>、甲骨や青銅器に刻むことを考えると、丸よりも線のほうが刻みやすかったからだと思います。
このように、同じ古い時代では、「玉」と「丰」の古い字形は異なってますが、時代が進み、ある時代に、「丰」の古い字形が「玉」の古い字形と同じ字形になってしまいました。よって、どの時代の古い字形を元にするかで成り立ちに違いが生じてしまい、ややこしくなってしまいました。「丰(ホウ・フウ)」に「見た目が良い。顔がふっくらとして美しい。姿や形。」という意味があるのも、おそらく字形の混同によるものだと思います。
しかし、いずれにしても、「禮(レイ)」の一番古い(と思われる)字形にあるものは基本的に変わっていませんので、「玉」のことを表わしていると推察できます。
整理すると、
「禮(レイ)」:器あるいは台(台座)のようなものに玉が載っている形。
になります。一方、時代が進んで「丰」の一番古い(と思われる)字形が「玉」の一番古い(と思われる)字形と同じ字形になってしまいましたが、あくまでも「丰(ホウ)」ですから、
「豐(ホウ)」:たかつき(高杯)という、脚のついた食器に穀物を盛り付けた形。
になります。
よって、「禮(レイ)」は祭祀において玉(ギョク)を供えること、「豐(ホウ)」は五穀豊穣を祝って、あるいは願って、穀物を神さまに供えることが背景にあると思います。
『角川新字源 改訂新版』では、「禮(レイ)」の成り立ちを
・示と、豊レイ(*豐[ほう]の新字体とは別。)とから成り、祭器に供え物をして神を祭る意を表す。
としていて、玉なのか穀物なのかを明確にしていませんが、『新漢語林 第二版』では、
・礻(示)+乚(豊)。音符の豊(レイ)は、あまざけの意味。甘酒を神にささげて幸福の到来を祈る儀式の意味を表す。
として、穀物からできているあまざけ(醴)と見ています。あまざけは神事に用いるものであったため、玉と同じような価値を持ったものと解釈されているのかもしれません。
その他、『漢字源流|中華語文知識庫』では、禮(レイ)に載っているお供え物は玉(ギョク)であるとみています。
以上で、問題をややこしくしている点についての説明を終わります。
以下、「丰」と「玉」以外の「禮」の成り立ちについて説明します。「禮」は、
「示+豊(レイ)」
という組み合わせと考えるのが普通のようです。「豊(レイ)」の上の部分についてはすでに説明していますので、ここでは「豆」と「示」について解説します。
まず右下の「豆」ですが、「豆」は食べ物の「まめ」ではなく、たかつき(高杯)と言って、脚がついている食器のことです。

これに蓋(ふた)が付くと、ちょうど「まめ」のような形になることから、植物の「まめ」という意味にも使われているものと思います。
前述の「禮」の解説で、このたかつき(高杯)を敢えて「器(うつわ)」と書いたのは、食器に玉を載せるということがはたしてありえるのかどうかわからなかったためです。もし、玉をたかつきに載せることが不自然ではないのならば、「器=たかつき」という理解でいいと思います。
次は、「示」についてです。
「示」は「ジ・シ」と音読みし、訓読みは「しめーす」です。はっきりと分かるように、それだとわかるように、見せる、知らせる、指し示す、教える、といった意味があります。
成り立ちについてはいろいろな説があり、意見が分かれているようです。わたしが調べたかぎりでは、次のような解説がありました。
①祭壇、神棚、または木の台を表わし、そこに神さまを迎え入れる、あるいは、招く。
②祖霊の位牌の形。
③神さまに生け贄(いけにえ)をささげる台の象形。
④「二」は「天」、その下の「小」のような字形は「太陽、月、星」といった天体現象で吉凶を表わして人に示す形。
⑤計算(占い?)のために縦横に並べられた竹片。
このように諸説ありますが、共通しているのは、神事に関することが成り立ちのもとになっているように思います。
それから、「禮」の「豊」が「乚󠄀」という字形になったことについての、わたしの勝手な推論です。
「禮」の古い字形は時代時代で違いが見られますが、その中に「説文古文(せつもんこぶん)という字体があります。これは中国最古の漢字辞典『説文解字(せつもんかいじ)』が小篆(しょうてん)という字体を基本として、それよりも古い字体を「古文(こぶん)」と言い、漢字の成り立ちの説明などに用いられました。
その説文古文の「禮」の字は、

と、こんな感じです。一番右の字形が「乚󠄀」になったとの解説が各辞典にはありました。
しかし、なぜ、こんな字形になったのかまではわかりませんでした。
この英数字「エル」の大文字のような漢字「乚󠄀」は、「乙(おつ)」という漢字の変形とされています。ここではその「乙」の意味の詳細は省きますが、「曲がっている様子」を表わしていると思ってください。
わたしはこの「曲がっている様子」を「人が腰をかがめて頭を低くし、挨拶をしている様子」として、「豊」を乙の変形「乚󠄀」に置き換えたのではないかと考えました。ちなみに「乙」の一番古い(と思われる)字形は、

と、こんな感じです。礼儀の「礼(レイ)」にふさわしい字形のように感じました。
以上で「禮」の成り立ちについて終わりたいと思います。
最後の最後に、「豊」の古い字形にちょっと引っかかるものがありましたので、それについて解説をして終わりたいと思います。
では、次の字形を見てください。

小さくてわかりずらいかと思いますが、縦棒の上のほうが二つに分かれています。わたしはこれを、草の穂先を表わしているのかもしれないと思っていましたが、どうも紐(ひも)の結び目を表わしているようです。これは、「玉(ギョク)」であることの理解にもつながります。
次の字形を見てください。

今度は王様の「王(おう)」に似た字形に目がとまりました。しかし、「王」の古い字形は、


というような字形ですので、「王(おう)」ではないことがわかるかと思います。
ちなみに、この二つの字形の成り立ちの解説は『漢字源 改訂第五版』にありました。
”手足を広げた人が、天と地の間に立つさまを示す。あるいは、下が大きく広がった、おのの形を描いた象形文字ともいう。もと偉大な人の意。”
いよいよこれで最後です<笑>。
紹介するのは、「豐(ホウ)」の一番古い(と思われる)字形の、ちょっと変わった字形です。



『小學堂|字形演變󠄀』で字形の変遷を見るかぎりでは、一番古い時代の、ある時期にのみ現れた字形のようです。そのため、この字形に関する解説は、わたしが調べた限りでは『Wiktionary』だけでした。それによると、
”形声。「壴」(太鼓)+音符「丰 /PONG/」✕2。太鼓の擬音を示す漢語{蓬 /boong/}を書き表す字。のち仮借して「ゆたか」を意味する漢語{豐 /*ph(r)ung/}に用いる。”
と解説されています。
これが正しいかどうかの判断はわたしにはできませんが、これをヒントにしていろいろ調べたところ次のような資料にたどり着きました。
”中国には、周の時代から、「建鼓」と呼ばれる大きな太鼓がありました。今から三千年以上遡る、古代のことです。空中に持ちあげられた太鼓。華麗な飾りものが上部に乗っています。一本の心柱が太鼓を支え、太鼓を貫いて天に向かって伸びあがっているからです。古代のものは、二メートル近い高さをもつ。想像を超えた、奇妙な形の太鼓です。”
”「鼓」という文字の、甲骨文と金文を見てみましょう。約三千五百年前の文字の形です。偏は建鼓のような中空に浮く太鼓であり、上部に飾りが乗せられています。旁の方は、撥と、鼓面を叩く人の手であることが判ります。撥を持って中空に浮かぶ太鼓を叩く形。この文字の形は、建鼓のような太鼓が三千五百年前の殷の時代や周の時代から用いられていた・・・ということを示しています。”
”これらの柱は宇宙の中心に聳えたち、天と地をつなぎ、神がみを地上に迎えるものとして建てられている。地上の生活の平和であること、豊穣の年を迎えることを祈るための神の依り代となる装置です。建鼓の心柱、建鼓の羽葆にも、同じ願いが込められているのではないでしょうか。建鼓の柱は天と地を結ぶ梯子であり、宇宙軸であったのです。”
*『建鼓 鳴り響く宇宙軸・・・杉浦康平』日本財団図書館(電子図書館)より
そして、「鼓」の一番古い(と思われる)字形をみてみました。


なんとなくですが、「豊・豐(ホウ)」のちょっと変わった字形に似ているようにも思えます。「鼓」は片方からだけですが、「豊・豐(ホウ)」は両側から叩いているような形にわたしは見えました。思い込みに過ぎないかもしれませんが・・・<苦笑>
五穀豊穣を願う、あるいは祝うということを表わそうとして、このちょっと変わった字形が考え出されたのではないかと推察しています。
しかし、この”ちょっと変わった形”は長続きしなかったようです。
以上で、「禮」に関するあれこれを思いつくままに記しました。問題をややこしくしてしまったのは、わたしの頭の中の整理がついてないためだと反省していますが、恥を忍んで、思考の過程を残しておきます。
子どもたちに説明する必要がない箇所が多いと思いますので、学習年齢や興味の度合いに応じて説明してもらえたらと思います。
*参考資料:
『小學堂|字形演變󠄀』
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/
『漢字源流|中華語文知識庫』
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source.html
『礼(禮)のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/11866893.html
『豊(レイ)のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/11856214.html
『豊(豐)のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/11833913.html
『殷の酒器と醴の祭祀』石谷 慎、京都府立大学文学部歴史学科
https://kpu-his.jp/wp/wp-content/uploads/2025/04/34-27.pdf
『豆』奈良国立博物館収蔵品データベース
https://www.narahaku.go.jp/collection/1317-186.html
『建鼓 鳴り響く宇宙軸・・・杉浦康平』自然と文化74号、日本財団図書館(電子図書館)
https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/00694/contents/0022.htm

コメント