「良知良能」という四字熟語について調べていたとき、「能」の成り立ちの他、「熊」との関係で面白いことがわかりました。また、成り立ちについてはいろいろな説があって、はっきりしたことはわかっていないようです。「わかっていない」ということを前提にして、諸説と共に、わたしなりに考えたことを備忘録として残しておきたいと思います。
まず、「能」と「熊」の一番古いと思われる文字をみてみたいと思います。なお、著作権の都合上、左は「Wiktionary」から、右は「甲骨文字全文検索データベース」からフォントをダウンロードして、お借りしています。


左が「能」、右が「熊」です。細かい違いがありますが、ほぼ同じように見えます。頭が虫のように見えたり、手が羽のように見えるかもしれませんが、熊全体の比率からすると頭は小さく、手足が大きいという特徴を強調しているように思えます。
そして、この比較で注目する点は、「能」もいわゆる動物の「クマ」を表している漢字だということと、「熊」の下にある「灬(カ、れんが・れっか)」は一番古い時代の字形にはなかったという点です。
「灬」は、「火(カ、ひ)」が漢字の下の部分に書かれるときに変化する形ですので、「熊」という漢字は、「能+火」ということになります。
この「灬」を、「鳥」や「魚」などと同様とする説もあるようで、わたしもそうなのかなあと思ったりもしましたが、はっきりそうとも言えず、もやもやした感じです<笑>。
時代が進み、戦国時代ごろから、その「火」が加わるんですが、その他に、「大」という漢字が使われていた時代があります。*「Wiktionaryー熊ー」より



左から右へと、時代が進むにつれて字形が変化していくのがわかるかと思います。
一方、当然かもしれませんが、「能」には何も加わっていきませんので、古い字形を元に少しずつ形が変わっていき、今の「能」という漢字に落ちつきました。
以上のことを考え合わせると、次のようなことが言えるかと思います。
①はじめに動物の「クマ」を表す字形ができ、その段階では「能」「熊」に区別はなかった。
②時代が進むにつれ、動物の「クマ」の生態や特徴などをもとに「能力」を表す「能」と、「動物」を表す「熊」とに分かれた。
③動物の「クマ」であることがわかるように、「大」や「火」を付けて、「能」との違いを表そうとした。
②については、「ヒグマの会」のホームページを参考にしました。
熊の嗅覚(きゅうかく)は発達しているそうで、犬の6倍もあるそうです。また、学習能力も高く、いつどこでどのような食べ物を食べられたか、自分にとって良い体験、悪い体験などをしっかり記憶して行動をするそうです。そして、冬になると冬眠をします。そういった熊の生態を見て感じた古代の人たちは熊の持つ能力を「能」という漢字で表そうとしたのではないかと考えました。
③についてですが、一番左の字形には「大」が含まれているようにみえます。これはおそらく熊の特徴のひとつである「蹠行性(しょこうせい)」によるものと考えられます。蹠行性というのは、足の裏全体を地面につけて歩く、あるいは歩けることなのだそうです。足の裏全体を地面につけられるため、二本足で立ち上がることもでき、ほぼ垂直に立ち上がれるそうです。その立ち上がった姿から「大」を想像して付けたのかもしれませんし、あるいは、大人の人間と比較して熊の大きさを表そうとしたのかもしれません。
真ん中の漢字の下にある字形は、「火」のようですが、一部「大」にも見えます。もしかしたら、右のような字形になる過程で、「大」を「火」と誤って書くようになったのかもしれません。これはあっくまでもわたしの勝手な推測です。
「能」に「火」が加えられて「熊」となったのには諸説あるようで、「漢字の成り立ち博士」というホームページには次の4つが挙げられています。
1)「能」は説文解字(最も古い部首別辞典)に「クマの象形文字」とあり、火に燃えて黒くなった熊を表現している説。
2)熊は粘り強く、力強いイメージから、同じく勢いのある火を付けて熊にした説。
3)火の精としてクマがイメージされ「熊」とした説。
4)強く獰猛なイメージから火を添えた説。
あえてこの中から選ぶとしたら、2か4なのかなあと思ったりしていますが、すっきりとはしません。また、『漢字源』によると、3に加えて「肥えて脂肪ののったクマの肉がよく燃えることを示す。」との解説がありました。
どれが正しいのかわかりませんでしたので、最後にわたしの考えを書いておきます。
「ヒグマの会」のホームページを読んでいると、定住型社会に移行していく中で、熊との共存が大きなテーマとなっていったようです。そこで、火を用いることで人の居住地に近づかないようにしていたことから火が添えられたのかなとも考えたりしました。しかし、これも違っているような感じがしています。それで元に戻りますが、字形が移り変わりしていく中で、「大」を「火」と誤って書くようになり、更にそれが「火」ではなく、「足」だとして、「灬」になったのかなと考えました。たぶん間違っているとは思いますが<苦笑>
いずれにしても、「能」は「ノウ」と音読みし、「熊」は「ユウ」と音読みするわけですから、現在は、「能」は動物の「クマ」の意味では用いられず(「けものの名、くまの一種」と『角川新辞源』にはありますが)、動物の場合は「熊」で表すようになっているということがポイントです。
*参考資料
・Wiktionaryー能ー
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%83%BD
・甲骨文字全文検索データベース、落合淳思
https://koukotsu.sakura.ne.jp/top.html
・ヒグマの会ホームページ
https://www.higumanokai.org/
・「能」のはなし:かんじのはなし、yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/24260882.html
・「熊」のはなし:かんじのはなし、yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/24270116.html
・漢字の成り立ち「熊」:漢字の成り立ち博士
https://kanjinonaritachi.com/2639.html
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