四字熟語「道聴塗説」の「道」について調べてみました。
成り立ちに諸説あるため、まず先に意味を確認したいと思います。今回は小中学生向けの『例解漢字学習辞典 第七版』を参考にしました。
①人や車が通るところ。みち。*例:道路、国道、歩道など。
②人が行い守るべきすじ道。*例:道徳、正道。
③芸ごとや学問などのやり方。*例:茶道。柔道。
この三つの基本的な意味の他、成り立ちに関係すると思われる意味が『新漢語林 第二版』『角川新字源 改訂新版』にありました。
④治める
です。この意味については成り立ちの説明のときに解説したいと思います。
では、これから成り立ちについてみていきますが、まず各辞典の成り立ちの解説を紹介します。
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。「辵(足の動作)+(音符)首」で、首(あたま)を向けて進みいくみち。また、迪テキ(みち)と同系と考えると、一点から出てのびていくみち。
『新漢語林 第二版』
形声。金文は、行+首。音符の首は、くびの意味。異民族の首を埋めて清められた、みちの意味を表す。
『角川新字源 改訂新版』
会意形声。辵と、首シウ→タウ(かしら。先導する者)とから成る。目的地までみちびく意を表す。「導タウ」の原字。一説に、会意で、邪気をはらうために、生首を持って行進する意を表すという。転じて「みち」の意に用いる。
『常用字解』白川静
会意。首と辵(ちゃく)とを組み合わせた形。辵(辶)には歩く、行くの意味がある。金文には、さらに又(ゆう、手の形)を加えた字形があり、首を手に持って行くの意味となる。この首と辵と又(寸も手の意味)とを組み合わせた字は導である。古い時代には、他の氏族のいる土地は、その氏族の霊や邪霊がいて災いをもたらすと考えられたので、異族の人の首を手に持ち、その呪力(じゅりょく、呪[のろ]いの力)で邪霊を祓(はら)い清めて進んだ。その祓い清めて進むことを導(みちびく)といい、祓い清められたところを道といい、「みち」の意味に用いる。
『Wiktionary』
形声。「辵」+音符「首 /LU/」。「みち」を意味する漢語{道 /luuʔ/}を表す字。
・金文にある「行」+「首」+「又」の字体を根拠にして「異族の首を携えて祓い清めたところ」を指すという説があるが、「首」を「舀 /*LU/」と入れ替えた異体字の存在や字音が示す通り「首」は形声文字の音符であるため「首」という文字の意味とは関係がなく、さらに「又」は「止 (人の足)」の崩れた形に由来するため「又」という文字の意味とも関係がなく、誤った解釈である。
・「辵」+音符「首」の会意形声文字で、人が頭を向けて進んでいく道を意味するという説もあるが、形声文字の音符に意味はないためこれも誤りである。
以上、共通する部分もありますが、それぞれ分析が異なっているようです。また、Wiktionaryでは「首」を音符としてみていることから、他の辞典の成り立ちを否定されています。わたしとしては、やはりなんらかの意図があって「首」という漢字が「道」に使われていると考えたいです。
では、ここからはいつものわたしの勝手な推論です。
上記の成り立ちの解説のうち、『漢字源 改訂第五版』は元になる字形が示されていませんでしたが、他の辞典に共通しているのは、金文の字形を元にしている点です。


最初の字形は、「行+首」という組み合わせのように見えます。そして、その下の字形には、下に「あし」が加えられているように見えます。両字形とも真ん中が「首」を表わしていて、上の部分が髪で、下の部分が頭のようです。
現在「首」は「くび」を意味しますが、当時、「首」は「あたま」を意味していたようです。いずれにしても、体全体から見て、首より上の部分を示していたという理解でいいと思います。
この字形が各辞典の成り立ちの元となっています。
一方、『漢字源流|中華語文知識庫』には、金文よりも古いとされている甲骨文字の「道」が示されています。

これは「行+人」で、おそらく「人が行くところ=道」ということだろうと思います。
『小學堂|字形演變󠄀』ではこの字形は戦国時代の字形とされていますが、ここでは『漢字源流|中華語文知識庫』を元にして、わたしの勝手な推論をまとめてみたいと思います。
・「道」を表わす漢字の組み合わせは最初は「行+人」だった。
・時代が進み、「人」が「首」に置き換えられた。
・更に、「あし」が加えられ、「行」が「辵」に置き換えられた。
・「辵」は「辶」となり、「辶」+「首」で「道」になった。
これが「道」の字形のおおまかな変化だとわたしは思っています。
ではなぜ、「人」が「首」に置き換えられたのでしょうか。ひとつには『常用字解』にある習俗的なことが背景にあるのかもしれません。
また、それとは異なる習俗的背景もあるように思っています。それは「首級(しゅきゅう)」と呼ばれるものです。『コトバンク』によると、
”《中国の戦国時代、秦の法で、敵の首を一つ取ると1階級上がったところから》討ち取った首。しるし。「敵将の首級を挙げる」” *出典:『小学館デジタル大辞泉』
とあり、討ち取った敵の首を掲(かか)げて持ち帰る様子を「道」という漢字で表わそうとしたのかもしれません。
しかし、わたしはそれらとは異なる見方をしています。
中国の戦国時代(紀元前403年~紀元前221年)の前は春秋時代(紀元前770年~紀元前403年)と言われる時代でした。当時、国と国との争いによって社会の秩序は乱れていたようです。そのような時代に孔子(紀元前552/551年~紀元前479年)が存在し、その社会の秩序を安定したものにしようとして、儒教という教えが成立したのだと思います。
いわゆる「くび(首)」には、頭と胴体、脳と心臓をつなぐという役割があります。言い換えると、首はその”通り道”とも言えます。
当時の思想家が唱える教えを表わす漢字として「辶+首=道」という字形が用いられたのではないかと推察しています。
このようなことから、「道」には「④治める」という意味があるように思いますし、それは「修己治人(しゅうこちじん):己(おのれ)を修(おさ)め、人を治(おさ)む」という考え方が元にあるように思います。
以上です。
*参考資料
『漢字源流|中華語文知識庫』<道>
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E9%81%93
『小學堂|字形演變󠄀』<道>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=3302
『「道」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/11927219.html
『「首」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/11925357.html
『首級ーコトバンク』
https://kotobank.jp/word/%E9%A6%96%E7%B4%9A-528060

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