「思」と「考」

 「三思後行」という四字熟語にある「思」と、それに関連して「考」について調べました。

 まず、「思」と「考」の意味を確認します。今回は『新漢語林 第二版』を参考にしています。

「思」:
①考える。思案をめぐらす。
②慕(した)う。愛する。いつくしむ。大切に思う。
③なつかしむ。恋しく思う。
④あわれむ。悲しむ。また、うれえる。心配する。
⑤気持ち。心情。感慨。また、考え。思想。構想。

「考」:
①思いはかる。思案する。
②観察して明らかにする。比較検討する。
③きわ(究・極)める。調べる。吟味する。また、その結果を示す論文。
④うつ。たたく。
⑤なる。成す。
⑥終わる。終える。
⑦老いる。長生きする。
⑧父。亡父。
⑨こころみる。試験をする。また、試験。評定。

 こうやって比較してみると、「思」のほうは感情的・情緒的な感じがします。一方、「考」は理性的・論理的・客観的な感じです。

 また、「思う」と「考える」の違いについて、大野 晋氏『日本語練習帳』では次のように説明しています。

 ”つまり、「思う」とは、一つのイメージが心の中にできあがっていて、それ一つが変わらずにあること。胸の中の二つあるいは三つを比較して、これかあれか、こうしてああしてと選択し構成するのが「考える」。”

とても分かりやすいですね。この他にもいろいろと細かい使い分けなどもあるとは思いますが、ここではこのぐらいにしておきます。

 では、以上のことを頭に入れて、「思」と「考」の成り立ちをみていきます。

 まず、「思」の成り立ちです。
「思」=「囟(シン)」+「心」

「囟」は、赤ちゃんの頭蓋骨(ずがいこつ)を上から描いた字形です。コトバンクにわかりやすい説明がありましたので引用します。そして、そのあとに、「囟」の一番古い(と思われる)字形にイラストを付けました。

”新生児の頭では扁平骨の周辺部が骨化していないため,3個または4個の骨が相会するところでは柔らかい膜様部が残り,これを泉門という。指で触れることができるばかりでなく,脈拍に一致してぴこぴこ動くのが見えるので〈おどり〉〈おどりこ〉などともいい,〈ひよめき〉もここから出た名である。”
出典:『改訂新版 世界大百科事典』藤田 恒太郎、藤田 恒夫、平凡社 *コトバンク

イラストは赤ちゃんの頭の骨を上から描いたもので、顔が上になります。緑色のひし形(◇)が大泉門で下にある三角(△)を小泉門と呼ぶようです。

 赤ちゃん=感情的・情緒的=「囟+心」=「思」

ということかなあと思います。

 一方、「考」の一番古い(と思われる)字形は、

です。*『小學堂|字形演變󠄀』からお借りしています。
 左横向きで腰がやや曲がっている老人が杖を持って立っている姿です。
 ちなみに、老人の「老」も同じ字形です。

 老人=長い人生=経験・知識が豊富=理性的・論理的・客観的=「考・老」

ということかなあと思います。

「考」の字形の組み合わせですが、一般的には次のように考えられています。
「考」=「耂(老)」+「丂(コウ)
そして、「丂」に「曲がる」という意味があるとしている辞書と、音符としてみる辞書とに分かれるようです。

 なお、この組み合わせには補足説明が必要です。

 「考」「老」の一番古い(と思われる)字形が同じであるということは、当初は「かんがーえる」と「おーいる」も同じ字形で表わされていたと考えられます。しかし、それだとどちらの意味かは文脈から判断するしかなかったため、「耂」の下の部分を変えて、意味の違いを表わそうとしたのではないかと思います。
 この場合、どちらかが基準になると思いますが、辞書で「考」「老」の成り立ちを比べると、「考」は形声文字で、「老」は象形文字とされています。ということは、おそらく「老」が基準となり、後に「匕」を「丂」に変えて「かんが-える」という意味の「考」になったのではないかと推察しています。

 以上、「思」と「考」の意味と成り立ちについてでした。

*参考資料
『日本語練習帳』大野 晋、岩波新書
『小學堂|字形演變󠄀』「考」
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=427
『小學堂|字形演變󠄀』「老」
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=426
『「考」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://kanyousha.jp/wp-admin/post.php?post=2923&action=edit




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