「賢」と「臣」

 四字熟語「見賢思斉」の「賢」について調べてみました。

 わたしが調べた限りでは「賢」の成り立ちについて納得のいく解説にたどり着くことができませんでした。あれこれ調べを進める中で”もしかしたら”という答えが見つかりましたので、最初にその”わたしのいつもの勝手な推論”から書いていきたいと思います。そして、最後にいくつかの辞典類の解説を紹介します。

 ではまず「賢」の組み合わせですが、基本的には
「臣」+「又(手)」+「貝」=「賢」
になると思います。
 ”基本的”と書いたのは、「臣」と「又(手)」を分けないという見方もあるためです。しかし、「賢」の異体字には、
「又(手)」→「忠」・「戸」・「攵󠄀」
のように置き換えられているものがありますから、「臣」と「又(手)」は分けて考えたほうがいいように思います。
 それから、「賢」の下の部分「貝」も、
「貝」→「子」・「目」
に置き換えられているものもあります。
*『小學堂異體󠄀字表ー賢ー』https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/variants?kaiOrder=4057
 一方、「賢」の略字体を除くと、「臣」だけは各異体字に共通しています。そのため、「賢」の成り立ちや意味を理解するには「臣」の成り立ちを解明することが鍵になると考えました。

 では、「臣」の一番古い(と思われる)甲骨文字と、金文という字形を見てみます。
*『Wiktionary』より。

 どちらも目を縦に描いてあることと、目の玉を大きく描いてあるのが特徴です。
 この字形を元に各辞典類では次のように分析されています。
・目を上げて上を視る形。『字統』『漢字源流|中華語文知識庫』
・目を下に伏せてうつむいた形。『漢字源 改訂第五版』
・目を見開いた形。『新漢語林 第二版』『角川新字源 改訂新版』『Wiktionary』『漢語多功能字庫』
 中でも『漢語多功能字庫』では、
・「目」を縦に立てた形で、人が目を大きく見開き、怒って睨む様子を象る。中央の瞳が特に大きく、眼窩から突出している。
と、詳しく分析されています。

 こうして比較してみると、”怒って睨む様子”かどうかは別にして、わたしは『漢語多功能字庫』の解説が一番わかりやすいような気がします。

 そこで、『漢語多功能字庫』の解説を元に調べを進めたところ、次のようなキーワードにたどり着きました。
・三星堆遺跡(さんせいたいいせき)
・青銅縦目仮面(せいどうたてめかめん)
『Wikipedia』によると、それぞれ次のように解説されています。

”三星堆遺跡(三星堆文化)は新石器時代晩期文化に属し、上限を新石器時代晩期(紀元前2800年)とし、下限を殷末周初期(紀元前800年)と、のべ2000年近く続いた。4期に分かれ、第1期は4,800 – 4,000年前で、龍山文化時代(五帝時代)に相当し、石器・陶器のみである。第2・3期は4,000 – 3,200年前で、夏・殷時代に相当し、青銅器・玉器が出現し、宗教活動が盛んとなり、都市が建設される。第4期は3,200 – 2,800年前で、殷末・周初期に相当し、精美な玉器・青銅器が製作され、大型祭壇・建築が築かれる。”
『Wikipediaー三星堆遺跡ー』より抜粋・引用。

”青銅縦目仮面は三星堆遺跡から出土した巨大な仮面である。幅137cm、高さ64.5cm。目から直径16.5cm、長さ13.5cmの長さの円柱状の瞳が飛び出しており、これが縦目の由来となっている。~中略~目が突出しているという異様な特徴から、目が縦だったと言われる古代蜀の王蚕叢(さんそう)だとする説が中国で有力である。”
『Wikipediaー青銅縦目仮面ー』より抜粋・引用。

 さらに、現代の解釈として、
”一部の学者は古代の三星堆の祖先がヨウ素を不足しており、その結果として甲状腺機能亢進症が原因で眼球が突出したと考えている。”
『Wikipediaー青銅縦目仮面ー』より、引用。

 以上の点を頭に入れて、甲骨文字が描かれていた殷代の地図を見てみます。

 オレンジの濃い所が商王朝(殷)の領域とのことです。三星堆遺跡の場所は地図中央の下のところに”蜀(しょく)”と書かれてある辺りで、諸侯・封国の領域となっています。
 つまり、当時三星堆にいた人たちは商王朝(殷)の支配下にあったと考えられ、それは家来、家臣を意味します。
 よって、家来、家臣の中でも目に特徴のある人たち或いはその地域に住んでいる人たちのことを「臣」という漢字で表わしたのではないかと推察しています。

 以上が「臣」についての、わたしの勝手な推論です。

 次に、「臣」に「又(手)」が加わった「臤(ケン)」という字形についてみてみます。
 「臤」の一番古い(と思われる)字形を見てください。

 それからもうひとつ特徴的な字形をみてみます。

 これは青銅器に刻まれた金文という字形で甲骨文字よりは少し時代が進んだ頃のものと思われます。
 見方によっては指で目を突いているように思えますが、『漢字源 改訂第五版』や『新漢語林 第二版』の解説を読むかぎりでは「かたい(堅い、固い)」という意味としているにとどまり、はっきりとしたことはわかりませんでした。他の解説でも「手に取る、手に物を握る、手でつかむ、ひく」というように、いろいろな見方があるようです。
 ただ、白川静氏『字統』では、

”眼に又(手)を加えて、その眼睛(がんせい)を失うことをいう。”

とあり、目が見えなくなる状態のこととしています。更に、

”臤は賢の初文とみてよい字であるが、その字形が眼睛を破る形にかかれているのは、もと神への犠牲として捧げられるものであることを意味していよう。臣も神に捧げられたものであった。わが国にも一つ目小僧の話があり、*近東(きんとう)では奴隷に対して古く行なわれていたことである。臤が賢の初文であるのは、この階層のものに、神瞽(しんこ、盲目の楽師あるいは盲目の人)として神明のことに通じ、賢者とされるものがあったからであろう。”
*近東とは、中東、中近東、極東などといった、ヨーロッパから見た東洋、アジア地域のこと。

と解説されていました。この解説を元に調べを進めたところ、次のような記事にたどり着きました。以下は『コトバンクー盲人ー』からの引用です。

”「盲人の歴史~古代~」
盲目を含め異形(いぎよう)なるものを神や悪霊などと深い関係にあるとする考えは洋の東西を問わず原始・古代の社会に広く分布していた。このため,盲人は忌み避けられ,賤視される存在でもあった。このような者は貴と賤の両義を未分化のまま内に含んでおり,人々にとって怖れ忌避すべき対象であるとともに霊異の存在として畏(おそ)れ崇(あが)める対象でもあったのである。11世紀の日本の説話集に経を読誦して病をいやし,あるいは旱損の田畠に水を呼び,民衆の崇敬を集めた盲僧の話が伝えられている。古代の記録にみえる盲人はこうした呪術宗教者か,あるいは境の地にたむろし,寺の辺りに立って食を乞う浮浪の徒であったが,古代人は乞食の唱えるわずかの寿言(ほぎごと)にさえ呪力を感じ,その背後に神仏の姿をみていた。盲人には神が憑(つ)きやすく,禍福を招来する霊能があると信じられていたのである。執筆者:加藤 康昭”
出典:株式会社平凡社『改訂新版 世界大百科事典』

 以上のような記述を元にして、わたしなりに「臣」「臤」「賢」の成り立ちの流れについて、まとめてみました。
・「臣」は、殷の時代において、眼に特徴のある地域の人あるいは人々を表わす。
・その地域は三星堆遺跡にあり、殷の時代においては、殷王朝の支配下にあった。
・時代が進み「臣」に「又(手)」が加えられ、「臤」は盲人のことを表わした。
・盲人には貴と賤(せん、身分が低い)の両義があり、「臤」も同様。
・「臤」に財貨の意味を表わす「貝」が加えられて「賢」という漢字が作られた。

 以上が「賢」についての、わたしのいつもの勝手な推論です。

では、最後にいくつかの辞典類の「臣」と「賢」の成り立ちの解説を付して終わりにします。

「臣」:
『漢字源 改訂第五版』
象形。臣は、下に伏せてうつむいた目を描いたもので、身をかたくこわばらせて平伏する奴隷。『新漢語林 第二版』
象形。甲骨文・金文でよくわかるように、しっかり見ひらいた目の象形で、賢いけらいの意味を表す。
『角川新字源 改訂新版』
象形。大きく見張っている目の形にかたどり、めだまの意を表す。転じて、君に使われる者、「けらい」の意に用いる。
『Wiktionary』
象形。見開いた目のさまを象る。「見る」を意味する漢語 gin を表す字。のち仮借して「しもべ」を意味する漢語{臣 /gin/}に用いる。
『常用字解』白川静
象形。上方を見ている目の形。大きな瞳(ひとみ)を示している。
『漢語多功能字庫』
甲金文は「目」を垂直に立てた形で、人が目を大きく見開き、怒りながら睨む様子を象る。中央の瞳が特に大きく、眼窩から突出している。これは「瞋」の本来の意味を表す字である。

「賢」:
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。臤ケンは、「臣(うつぶせた目)+又(手。動詞の記号)」の会意文字で、目をふせてからだを緊張させること。賢は「貝(財貨)+(音符)臤」で、かっちりと財貨の出入をしめること。緊張して抜け目のない、かしこさをあらわす。
『新漢語林 第二版』
声。貝+臤。音符の臤(ケン)は、かたいの意味。しっかりした財貨の意味から、まさる・かしこいの意味を表す。
『角川新字源 改訂新版』
会意形声。貝と、臤ケン(かたい)とから成り、かたい良質の貝の意を表す。転じて「まさる」「かしこい」意に用いる。
『Wiktionary』
形声。「貝」+音符「臤 /KIN/」。「優れた人」を意味する漢語{賢 /giin/}を表す字。
『常用字解』白川静
形声。音符は臤(ケン)。臤は臣(上方を見ている目の形で、大きな瞳)に又(ゆう、手の形)を入れる形で、眼睛(がんせい、瞳のところ)を傷つけて視力を失わせることをいう。このような方法で視力を失った者が臣(つかえる、しもべ)で、神に捧げられ、神に奉仕する者であった。臣の中には普通の人とは異なって、さまざまのすぐれた才能を持つ者がおり、その人を臤という。臤が賢のもとの字で、古く臤を「かしこい」という意味に使っている。貝(ばい)は遠く南方の海でしか採れない子安貝で、非常に貴重なものとされ、貨幣としても使用された。それで臤に貝を加えた形の賢は、高価という意味になるのであろうが、臤に代わって「かしこい、まさる、すぐれる」の意味に使われるようになった。
『漢語多功能字庫』
金文には「臤」に「貝」を従える字形と、「臤」に「子」を従える字形の二種類があり、「臤」は声符である。「子」は古代の男子に対する尊称であり、「子」を従える「賢」の字は、賢才を表す「賢」の本来の形である可能性がある。

*参考資料
『コトバンクー盲人』
https://kotobank.jp/word/%E7%9B%B2%E4%BA%BA-644982#goog_rewarded
『xián「賢」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/27144826.html
『Wikipediaー三星堆遺跡ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%98%9F%E5%A0%86%E9%81%BA%E8%B7%A1
『Wikipediaー青銅縦目仮面ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E9%8A%85%E7%B8%A6%E7%9B%AE%E4%BB%AE%E9%9D%A2
『中国の古代文明を訪ねて~全国埋蔵文化財法人連絡協議会主催 中国研修(H23年12月)参加報告を中心に~』(財)広島県教育事業団埋蔵文化財調査室 河村 靖宏
https://www.harc.or.jp/gyouji/pdf/kouzas8.pdf
『第32回 3000年以上前の中国、「黄河文明」に匹敵する「古代蜀文明」が栄えていた!?』島崎晋
幻冬舎Plus、株式会社幻冬舎
https://www.gentosha.jp/article/24529/
『商王朝(殷)』中国まるごと百科辞典
https://www.allchinainfo.com/map/china-history-maps/shang/
『小學堂|字形演變󠄀』<異異體󠄀字表ー賢ー>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/variants?kaiOrder=4057

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