「学」について

 「下学上達」の「学」について調べてみました。

 まず意味を確認します。今回は『新漢語林 第二版』を参考にします。
①まな-ぶ。勉強する。教えられたことを習得する。ならう(倣)。見習う。
②まなぶこと。学問。また、学説。
③まなぶ人。学問する者。
④まなびや。学校。学舎。
⑤学科。学問の一分野。
⑥学派。学統。
 細かく分けてありますが、基本は①の「まなーぶ。勉強する。」だと思います。
 ①に「ならう(倣)。見習う。」とありますが、これは「真似(まね)る。」と言い換えることもでき、実はこれが「まなーぶ。勉強する。」ことの本質のように思います。

 次に成り立ちですが、「学」は「學」の省略形ですので、「學」を元にその組み合わせをみてみます。
「學」=「𦥑」+「爻」+「宀」+「子」

「𦥑(キョク)」は、両手を上から下へ伸ばした形で、物を持ちあげる意味を表わします。*「臼(キュウ、うす)と似ていますが、本来は別字です。
「爻(コウ)」は、二本の線を交差させたものを二つ示して、「まじわる(交)」意味を表わします。
「宀󠄀(ベン)」は、家屋の屋根の形で、家の意味を表わします。
「子(シ、こ)」は、小さい子どもの形で、子どもの意味を表わします。

 これらの字形を組み合わせ、「教える人と勉強する人が交わる場所」を示して、「まなーぶ。勉強する。」という意味に当てたのだろうと思います。

 これで以上です、と言いたいところですが、実はそうもいきません<笑>
 「学」の一番古い(とされている)字形のひとつをみてください。

「𦥑」と「子」がありません。ということは、単純に考えると、どうも子どもが学ぶということを表わそうとした文字ではないように思います。
 そこで、上記の古い字形の構成要素「爻」の意味を確認したところ、

・易(えき)の卦(カ、ケ)を組み立てるもと。陰爻(⚋)と陽爻(⚊)の組み合わせで八卦ができ、八卦が交わって六十四卦となる。『角川新字源 改訂新版』

とあり、他の辞典にも同じような意味がありました。

 仮に、上に示した古い字形の上部が、この「陰爻(⚋)と陽爻(⚊)」のことだとし、その下にある字形が建物を表わしているとすると、「学」の一番古い字形は、

・易(えき)、いわゆる、”占い”を行う、あるいは”占い”に必要な知識を学ぶ場所

を表わしているのではないかと考えました。

 ただひとつ問題となるのは、「卦(カ、ケ)」を用いて占うことが、上記の字形が作られた時代に行われていたかどうかです。なぜなら、一般的に殷の時代には亀卜(きぼく)と言って、亀の甲羅(こうら)を使った占いが行なわれていたようで、卦を使った占いは周の時代に入ってからという見方が一般的だからです。
 そこで更に調べを進めたところ、「三易(さんえき)」にたどり着きました。
 三易とは、古代中国の夏・殷・周の三代に行われていた易のことを言います。
 夏の時代は連山(れんざん)、殷の時代は帰蔵(きぞう)、周の時代は周易(しゅうえき)と言って、具体的な占いの方法は異なっていたようですが、卦を用いる点は同じだったようです。

 以上の点から、「学」の一番古い字形とされているものは、連山、帰蔵といった占いを行う、あるいはその占いの知識を学ぶ場所を描いたものと考えることができると思います。

 古代中国における、いわゆる”学校”という形態がどんなものだったかは一概には言えませんし、複雑で不明な点がありますが、それぞれの時代に必要とされる”学び”が行なわれていたことは事実だと思います。
 「学」の一番古い字形も、はじめは「子」が含まれていませんでしたが、その後、子どもたちに対する教育が発展・充実していったことを表現するために「子」や「𦥑」が加えられ、「學」という字形になったのではないかと思います。
 なお、「学」は「學」の省略形という理解でいいと思います。

*参考資料
『Wikipediaー三易ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%98%93
『”帰蔵”の伝承に関する一考察 附、『帰蔵』佚文輯校』川村 潮、早稲田大学リポジトリ
https://waseda.repo.nii.ac.jp/records/1241
『かんじのはなしー学(學)のはなしー』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/27220970.html
『中国古代の学校』Kazimayaa
https://kazimayaa.exblog.jp/17088186/
『爻(こう)について』日本易学振興協会
https://www.ekigaku-shinkou-kyoukai.jp/sign/

コメント

タイトルとURLをコピーしました