「温」は「溫」

 「温故知新」の「温」について調べました。特に問題ない漢字だと思って調べ始めたところ、いくつかの成り立ちの解説に疑問が残りましたので、自分なりに成り立ちを考えてみました。いつもの勝手な推論ですが、備忘録として残しておきたいと思います。

 まず、「温」の意味を確認します。*『新漢語林 第二版』より。
①あたた-かい。
②あたた-める。あたた-まる。
 ・あたたかくする。
 ・大切にする。しまいこむ。
③おだやか。なごやか。あたたかな感じを与える。
④まるい。まろやか。円満。
⑤たず-ねる。ならう。復習する。よみがえらせる。
⑥つつむ(包)。
[日本]ぬる-い。
 ・(おもに液体が)冷めたりあたたまったりして、適温から外れている。
 ・やり方が厳しさに欠けている。なまぬるい。

 基本的には①②の意味で、③④⑤は派生的な意味のように思います。⑥の「つつむ」というのは意外でしたが、包む、包まれる状態というのは「あたたかい」ということだろうと思います。
 「ぬるい」という意味は日本だけのようですが、『漢字源 改訂第五版』にはその区別はありませんでした。「あたたかい」状態を「熱くない=良くない」状態と感じるかどうかの違いだと思います。

 では、次に成り立ちですが、「温」は元々「溫」という字形でした。ある時期から「溫→温」に置き換えられたのだろうと思われます。ですので、成り立ちについては「溫」を元にしてみていきます。

『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。𥁕(オン)は、ふたをうつぶせて皿の中に物を入れたさまを描いた象形文字。熱が発散せぬよう、中に熱気をこもらせること。溫は「水+(音符)𥁕」で、水気が中にこもって、むっとあたたかいこと。
『新漢語林 第二版』『角川新字源 改訂新版』はほぼ同じ。
形声。氵(水)+昷(𥁕)。音符の(オン)は、あたたかいの意味。もと川の名を表したが、借りて、あたたかいの意味を表す。

 いずれも、「昷(𥁕)」を「あたたかい」意味としている点は同じですが、『漢字源 改訂第五版』の「物を入れたさま」という解説が気になりました。
 いずれにしても、
「溫」=「氵(水)」+「𥁕」
という組み合わせであるとしていて、「𥁕」を「因(イン)」+「皿」、「人+囗+皿」といった分け方はしてありませんでした。ちなみに、この成り立ちの元となっている古い字形は「篆文(てんぶん)」という字形です。

  一方、『漢字源流|中華語文知識庫』には「溫」の一番古い字形である甲骨文字がありました。

 そして、この文字の組み合わせを、
「氵(水)」+「人」+「皿」
としています。
 そして、この形(組み合わせ?)を、
「人が盥(たらい)のようなものに入って体を温めている姿に似ている。」
と見ています。そして、「溫」の字形にある「囚」は、
「水+人=囚」
になったのではないかと見ているようです。水、あるいはお湯の中に浸かっている状態を表わそうとしたのかもしれません。

 「囚」は「シュウ、とらーえる」で、「人を囲いの中に入れている状態」から「牢(ロウ)に入れられている罪人(罪を犯した人)」を表わしますが、上記の成り立ちからもわかるように、「溫」に含まれる字形は「囚(シュウ、とらーえる)」ではないという点に注意が必要です。

 では、ここからはわたしの勝手な推論です。

 「溫」を「水、あるいはお湯の中に浸かっている(入っている)状態」と見た場合、「水浴びをしている」「お風呂に入っている」という状況が頭に浮かびます。では、古い時代の中国でそういう事実があったのか、なぜそういう状態を漢字で表わそうとしたのか、といったことは、最初に示した辞典の成り立ちの説明にはありませんでした。それで、いろいろ調べたところ、「もしかしたら?」という資料が見つかりました。
 それは、日本でも行われている”端午の節句”に関するものです。中国では”端午節”というようですが、この端午節は、”浴蘭節(よくらんせつ)”とも言っていたそうで、蘭(らん)を浴槽に入れて沐浴(もくよく)をし、邪気を払ったり、疫病にかからないようにと行われていたことのひとつだったようです。
 蘭は、贈答用によく用いられる胡蝶蘭といった”ラン”のことではなく、”フジバカマ(日本名)”という植物のことを言うようです。沐浴は、”お風呂に入る”というよりは、”浴びる”と言ったほうがイメージしやすいかもしれません。*下の写真がフジバカマです。

フジバカマの効能を調べたところ、生乾きにすると香りもよく、お風呂に入れると、疲労回復、冷え性などに効くようです。血行も良くなり、結果として、体が”温まる”のかもしれません。
 そう考えると、「溫」は元々、浴蘭節のことを表わすためにできた漢字なのかもしれません。

 浴蘭節に沐浴をするという習慣の他、「休沐󠄀(きゅうもく)」と言って、官吏(かんり、役人)に与えられた休暇の制度があったようです。これはただ単に休むというのではなく、沐浴をして心身共に体を休めるという意味があったようです。
 また、四字熟語に「斎戒沐浴(さいかいもくよく)」というのがありますが、これは、次のような例え話が元になっています。
 「どんな美人でも不潔なものを頭からかけられていると誰もが鼻をつまんでそのそばを通り過ぎようとする。一方、たとえ容貌は醜(みにく)い者であったとしても、斎戒沐浴して心身を清め真心を保ったならば、人が嫌がらないのはもちろんのこと、天の神でさえも、その人がお祀(まつ)りする心を快く受けいれてくださるだろう。」
 これは、「人が先天的に備えている善や美といった素質を不注意に汚󠄀さないように自戒すべきであり、また常に気をゆるめることなく、心身を修養することこそが大切である。」ということを言っているんだそうです。『孟子』<離婁章句・下、二十六>より、要約。
 その他、『礼記』という書物には身分の高い人の入浴法についての記述もあるようですし、人が亡くなったとき、その人の体を清めるための「湯灌(ゆかん)」という儀式が古くからあったという記述もありました。

 結局、何が元になって「溫」という漢字が作られたのかを特定するまでには至りませんでしたが、ひとつ言えることは、「人の心身を温める」ということを表わそうとして、「溫」という漢字が作られたんだろうと思います。
 ですので、元々「溫」は”人”を温めることを意味する漢字であり、そこから”心身”を温める意味へと広がっていったんだろうと思います。

 「溫」はある時期から「温」へと変化してしまいました。はっきりとしたことは言えませんが、おそらく文字統一の段階で、「囚」だと「囚人(しゅうじん、罪を犯した人)」という意味に誤解されるおそれがあり、それよりも「日」のほうが「あたたかい、あたたまる」という意味の漢字には適当だと考えられたんじゃないでしょうか。

 子どもたちにとっては、「温」は「お皿に入っている水が太陽の光であたたまる」という説明のほうが納得できるかもしれませんね。

*参考資料
『端午節に見る中国の民間信仰』張 燕、大阪公立大学学術情報リポジトリ
https://omu.repo.nii.ac.jp/records/4399
『中国における「端午」の菖蒲習俗の伝承について』李 真、國學院大學学術情報リポジトリ
https://k-rain.repo.nii.ac.jp/records/1646
『端午』Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%AF%E5%8D%88
『温(溫)のはなし』yumemivision、かんじのはなし
https://yumemivision.blog.jp/archives/27869307.html

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