四字熟語「道聴塗説」の「塗」について調べてみました。
「塗」という漢字を見ると、「塗る」「塗料」という言葉が頭に浮かびますが、「道聴塗説」では、「みち(道)」という意味で使われています。
いったい、なぜなのか。どうして「塗」に「みち(道)」の意味があるのかを中心に調べていきたいと思います。
まずいくつかの辞典にある「塗」の成り立ちをみてみます。
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。余は、こてや、スコップでおしのけることを示す会意文字で、どろを伸ばしぬる道具を示す。涂トは、どろどろの液体をこてで伸ばしてぬること。塗は「水+土+(音符)余」。涂に、さらに土を加えた。
『新漢語林 第二版』
形声。土+氵(水)+余。音符の余は、こての象形。どろをこてでぬるの意味を表す。また、途に通じて、みちの意味をも表す。
『角川新字源 改訂新版』
会意形声。土と、涂ト(どろ)とから成り、どろを「ぬる」意を表す。借りて、「みち」の意に用いる。
『常用字解』白川静
形声。音符は涂(と)。涂は塗のもとの字である。~中略~。塗は「ぬる、どろ」の意味に用い、また塗説(道で話すこと)のように、「みち」の意味に用いる。
『Wiktionaryー塗ー』
形声。「土」+音符「涂 /LA/」。「どろ」「ぬる」を意味する漢語{塗 /laa/}を表す字。
上記辞典での「塗」の組み合わせは大きく二つに分かれるようです。
a.「土」+「氵(水)」+「余」
b.「土」+「涂 」
同じように思えるかもしれませんが、bの場合は「涂」を音符としてみているため、aのように分ける必要はないという考え方なのかもしれません。
わたしは「a」の組み合わせのほうが成り立ちを理解する上で適当だと思いますので、「a」を元にして解説していきます。
そこで、問題となるのは「余」の成り立ちです。『漢字源 改訂第五版』『新漢語林 第二版』では、「余」を泥(どろ)をぬる道具の”こて(鏝)”としています。

これは現代の形ですので、参考程度にしてください。
では、「余」の一番古い(と思われる)字形をみてみます。

う~ん、確かに”こて(鏝)”と言われればそう見えてくるような・・・<苦笑>。しかし、どうにも納得できません。
それで、『漢語多功能字庫』と『漢字源流|中華語文知識庫』でこの字形がどう解説されているのかをみてみました。すると、次のような解説に、納得できました。
*DeepLで翻訳したものを抜粋・修正しています。
”甲骨文、金文は古代人が建てた簡素な茅葺き小屋の形を象り、「余」は「舎」の初文であり、本義は家屋である。後に第一人称代名詞として転用された。”『漢語多功能字庫』
”甲骨文は住居の形を象る。上部は棟を、下部は柱を表現する。”『漢字源流|中華語文知識庫』
また、『角川新字源 改訂新版』の「余」でも、「柱で支えた屋根の形にかたどる。」と解説されています。
これらの解説を元に、古い時代の中国の家屋について調べたところ、参考になる記述がありました。その記事によると、
・屋根は雨を避けるため。
・壁は風を避けるためと屋根の荷重を支えるため。
・柱は一階(または低層階)の空間の高さを確保するため。
ということが特徴として挙げられていました。当たり前のように思えるかもしれませんが、非常に大切なことだと思います。この家屋を表わしたのが「余」であるように思えてきました。また、自分の家を持つことが第一人称の「われ」につながるように思います。
仮に「余」が家屋の象形であるとすると、「氵(水)」と「土」で泥を作り、それを壁に塗るという一連の行為が「塗」で表わされているようにも思います。
しかしそのような理解では、「塗」に「みち(道)」の意味があることの理由にはなりません。
「塗」に「みち(道)」の意味があるという説明には二通りあるように思います。
①「みち(道)」は、土あるいは泥で塗り固めたところであることから。
②「途」との関連性から。*『新漢語林 第二版』の解説より。
①については前述の解説からなんとなくわかるかと思いますが、②については「?」となるかと思います。
そこで、「途」の一番古い(と思われる)字形をみてみます。*『漢字源流|中華語文知識庫』より。

これは上が「余」、下が「止(足の形)」の一番古い(と思われる)字形の組み合わせになっています。おそらく「家に向かう、向かっている」ということを表わして、「みち(道)」という意味合いを表わしているのだと思います。
それから、「塗」に関連して、「涂」の一番古い(と思われる)字形もみてみます。*『Wiktionary』より。

この字形は元々、涂水(とすい、じょすい)という川の名前だったようです。なぜかははっきりわかりませんが、もしかしたら、その川の流域に「余」という建築様式の家が建っていて集落を形成していることを表わそうとしたのかもしれませんし、ただ単に家を建てるのに適した川辺であることを表わしているのかもしれません。ちなみにこれはわたしの勝手な推測です。
この「涂」も「みち(道)」という意味に使われていましたが、のちに、「途」が「みち(道)」を表わすようになり、「涂」は「土」と組み合わされて「塗」となり、「ぬる(塗る)というような意味に使われる漢字になっていきました。
以上で「塗」についての解説を終わりますが、ひとつ気になる点があるかと思います。それは、「余」についてです。
「余」は家屋を表わしていると解説しましたが、ふつう「余」という漢字を目にしたときに思い浮かぶのは、「余(あま)る」ではないでしょうか。
「余」が「あまる」意味で用いられる場合、元になっているのは、
餘󠄀
という漢字です。この「餘󠄀」から左側の「食」を省略した「余」が「あまる」意味になります。つまり、
・「余」→ → →「余」
・「余」→「餘󠄀」→「余」
というように、字形の移り変わりによって、二通りの意味が生じたのだと思います。
では、この「餘󠄀」の成り立ちですが、わたしが調べた限りでは、「余」は音符であると解説されているものがほとんどでした。なお、『漢字源 改訂第五版』と『新漢語林 第二版』では音符としながらも、その意味についての解説がありました。
『漢字源 改訂第五版』
〔餘〕会意兼形声。「食+(音符)余ヨ」で、食物がゆったりとゆとりのある意を示す。ゆとりがあることから、あまってはみ出るの意。
『新漢語林 第二版』
形声。食+余。音符の余は、のびるの意味。食物があまる、ゆたかの意味を表す。
しかし、どちらの解説も腑に落ちません。そこで、わたしなりにその成り立ちを考えてみました(これもまたわたしの勝手な推論です)。
わたしはやはり、「餘󠄀」の「余」も家屋を表わしていると思います。最初に示した家屋の特徴について振り返ると、
・屋根は雨を避けるため。
・壁は風を避けるためと屋根の荷重を支えるため。
・柱は一階(または低層階)の空間の高さを確保するため。
このように、家は雨風から守り、安心して生活ができる空間を与えてくれます。そしてそれに食べ物もあることは「豊か」であると感じていたのではないでしょうか。豊富にあることで派生的に「余る」ことも意味するようになったのだと考えられます。
よって、「餘󠄀」を元とする「余」は「あまる」という意味があるのだと思います。
*参考資料
「中国古建築をざっくり分かる記事」『かーきアサヒの建築手記』
https://asahi-kaki.hatenablog.com/entry/2021/03/01/150536
『「余」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/13644332.html
『「塗」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/13738354.html
『「途」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/13677166.html

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