「遠」について

 四字熟語「遠慮近憂」にある「遠」について調べてみました。

 意味については、「二つのものが空間的、時間的、心理的に離れている=遠い」という理解でいいと思いますので、今回は成り立ちを中心に解説します。

 まず、「遠」の組み合わせですが、
(辶・)」+「袁」
です。「辵」は「チャク」と音読みします。「行」の左半分「彳󠄀」と「足」の下半分「止」で、
「彳󠄀」+「止」=「辵」→「辶・辶」
になったようです。
 「辵」は元々「歩いたり立ち止まったりする。速く歩く。」という意味のようですが、現在はこのままの形では使われず、「辶・辶(しんにょう、しんにゅう)」という形になって「行く、進む」といった意味を表わします。

 問題なのは「袁(エン)」です。

 今の字形「袁」から組み合わせを考えると、
「土」+「口」+「衣」
になるでしょうか。『新漢語林 第二版』では、「土(止)」としています。

 しかし、「袁」の一番古い(と思われる)甲骨文字を見てみると、

上の部分が「衣」、下にあるのが「手」で、「土(止)」「口」はありません。

 では、なぜ、「衣」+「手」が「袁」になったんでしょうか。その手がかりとなる記述が白川静氏『字統』の解説にありました。以下、関連のある項の該当部分を引用します。

「衣」:
”衣には衣(き)る人の魂が寄せられるという古い観念があったことを示している。古代の招魂・鎮魂の儀礼には、衣を用いることが多かった。”

「哀」:
”臨終のとき死者に左前の襲(かさね)を着せ、綿を鼻にあてて呼吸の有無をうかがう属󠄀纊(しょくこう)をして、その絶気を確かめたのち、山川などの五祀に対して禱(いの)りを行なうことがしるされている。哀はその礼をいう字である。すべて新喪のときには、衣襟のうちに玉の呪器などを加えて哀告し、その復生を願う儀式が行なわれた。”

「袁」:
”之と玉と衣に従う。衣の襟もとに魂振りの器である○(玉)を加え、枕もとに之(止、あしがた)をおいて、死者の遠行をおくる儀礼で、遠の初文。
~中略~
 死者の枕もとにあしがたを加えるのは、わが国で草鞋(わらじ)をおくのと同じ。玉はその復活を祈るものであろう。種々の呪的な儀礼や呪具を著󠄀(つ)けるので、長途の旅行を遠という。”

 以上の説明を頭に入れて、「衣」「哀」「袁」それぞれの解字の元となっている古い字形をみてみます。

 このように、最初の「衣」には「口」のようなものはありません。
 「哀」の古い字形は甲骨文字の次に現れた金文の字形で、「口」が加えられています。そして、最後の「袁」の字形は小篆(しょうてん)といって、中国の初代皇帝・始皇帝のときに定められた漢字の統一書体です。このときにも「口」が加えられています。

 ここからは、いつものわたしの勝手な推論です。

 「袁」の最初の字形では、「衣」に「手」を加え、亡くなった人に衣を着せている様子を表わししたのだろうと思います。
 そして、時代が進み、「哀」に玉器のようなものが加えられたことによって、「袁」も「手」ではなく、玉器のようなものに変わったのだろうと思います。
 「袁」には「衣服のゆったりと長いさま。ゆったりした着物。」という意味がありますが、それは「衣」が襟もとを象(かたど)ったもので、腰から上の衣服のことを言い、腰から下のものは「裳」と言っていたため、亡くなったときに着せる、体全体を覆う着物のことも「袁」としたのではないかと考えました。

 古代と現代、そして日本と中国とでは、人が亡くなったときの送り方は違っているとは思いますが、亡くなった人の死を悼み、悲しい思いをするのはいつの時代も、そして国は違っても同じだと思います。
 亡くなった人に衣を着せ、玉器のようなものを襟もとにおき、旅立ちを見送るという情景が「遠」という漢字から伝わってきます。

*参考資料
「袁」(エン)のはなし『かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/12457111.html
「遠」のはなし『かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/12471943.html
『字統 普及版』白川静、平凡社

コメント

タイトルとURLをコピーしました