「巧言令色」の「色」について調べてみました。
まず成り立ちについてです。
『漢字源 改訂第五版』『新漢語林 第二版』『角川新字源 改訂新版』『常用字解』では、次のような字形を元に解説されています。

これは「篆文(てんぶん)」という字形です。「甲骨文」「金文」といった字形の、あとの時代になって作られました。
では、どのように説明されているかですが、
”象形。ひざまずいている人の背に、別の人がおおいかぶさる形にかたどる。男女の性行為、転じて、美人、美しい顔色、また、いろどりの意を表す。『角川新字源 改訂新版』”
『漢字源 改訂第五版』『新漢語林 第二版』『常用字解』でも表現は多少異なっていますが、ほぼ同じような説明です。
なんとも色っぽい成り立ちで漢字を覚えるにはいいかもしれませんが、いざ子どもたちに説明するとなると悩ましく思うかもしれません。それで、子ども向けの漢字辞典で調べたところ、
”二人の人がよりそっているようすをえがいた字。顔・すがた・顔いろなどを表わす。『例解学習漢字辞典第七版』小学館”
というように説明されています。この辞典でも「篆文」が元になっています。
上記のような説明で特に問題がなければ、このまま子どもたちに説明していいと思いますが、わたしはこの「篆文」を元にした解字にやや抵抗があるため、「甲骨文」や「金文」を元にした解説がないか調べを進めました。
その結果、『Wiktionary』と『漢語多功能字庫』に「金文」を元にした解説が見つかりました。『Wiktionary』のほうが短くまとめてありますので、ここではそれを元にします。まず金文の字形を見てください。

この字形から、
”会意。「爪」(上からの手)+「卩」(ひざまずいた人)、形の由来は不明。一説に「印{抑}」の分化字。のち仮借して「表情」を意味する漢語{色}に用いる。
『説文解字』では「人」+「卩」と分析されており、それにもとづいて人が重なって性交をしている様子と解釈する説があるが、金文の形を見ればわかるようにこれは誤った分析である。”
というふうに解説されています。
しかし、この「金文」を元にした解説でも形の由来は不明とのこと。
ですので、この「金文」の字形をヒントにして、仮説を立ててみました。ここからはわたしの全く勝手な推論です。
次の字形を見てください。

これは『漢字源流|中華語文知識庫』で調べた「巴(ハ、ともえ)」という漢字の、一番古い(と思われる)甲骨文の字形です。
この「巴」の成り立ちも諸説あるようで、「篆文」を元にしたものは「蛇(へび)の形」としているものが多いようですが、『漢字源流|中華語文知識庫』では、「人の形」としています。
ここで、改めて「色」の「金文」と「巴」の「甲骨文」の字形を見てください。


上が「色」の「金文」で下が「巴」の「甲骨文」の字形です。上は「爪」(上からの手)と「卩」(ひざまずいた人)というふうに二人の組み合わせですが、下の「甲骨文」では、一人のように見え、ひざまずいた人の爪を強調したような字形に見えます。
このことから、わたしは、一番古い(と思われる)「巴」の甲骨文が元となり、爪を強調した「色」という字形が作られたのではないかと考えました。
つまり、
「巴(爪+卩)」⇒「色」
ではないかという、わたしの勝手な推論です。
では、なぜこのように考えたのかですが、次のような記事がヒントになりました。
”マニキュア:有史以前の発明? その通り。紀元前3000年に遡る。紀元前600年頃には宮廷の女性たちの間で金と銀のマニキュアが流行っていた。黒と赤が気に入られた時期もあった。しかし、特権階級だけの話で、庶民は爪を塗ることは禁止されていた。”
『古代中国の発明の数々ーマニキュアー』
また、
”ネイルの歴史は古く、古代エジプトや中国文化において、王や王妃たちしか爪染は許されず、爪の色はその人の地位や品格を示すものとされていました。”
『ネイルの歴史ー世界のネイルの歴史』
という記述もありました。
こういった記述から、
色=高貴な女性が爪を染めている様子
という発想が生まれたように思います。
そこで、「色」の意味を確認してみました。
①男女間の情欲。色欲の色。
②顔かたちのようす。顔の表情。
③外にあらわれた形やようす。
④いろどり。色彩の色。
⑤[仏教]感覚でとらえる客観の世界のこと。精神的要素に対して、物質的性質をいう。
『漢字源 改訂第五版』より
わたしたちが「色」という漢字を目にしたときに最初に思い浮かぶのは赤・青・白・黒・緑・黄色などといった④の「いろどり。色彩の色」だと思います。しかし、この④の意味は、染料や顔料といった色を作る技術が発展することによって、あとになって加えられた意味のように思います。
元は「女性が爪を染めている様子」=③「外にあらわれた形や様子」であり、そこから派生して②の意味が加わり、更に、後になって①のような意味を加えるために「篆文」の字形が作られたのではないかと思います。
以上、見当違いの推論とは思いつつも、発想の記録として残しておきたいと思います。
*参考資料
『古代中国の発明の数々ーマニキュアー』「神韻芸術団|羅針盤を超えて」ベティー・ワン、2015年5月12日
https://ja.shenyunperformingarts.org/blog/view/article/e/ugdOb8AJUlE/
『ネイルの歴史ー世界のネイルの歴史』国際文化理容美容専門学校
https://kokusaibunka.ac.jp/job/industry_nailcare.html
『中国人の色の概念 それぞれの色の持つ文化的意味』張 淑倩、湘北紀要第28号(p89-99)、湘北短期大学学術情報リポジトリ
https://shohoku.repo.nii.ac.jp/records/669
『Wiktionaryー色ー』
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%89%B2
『漢語多功能字庫』<色>
https://humanum.arts.cuhk.edu.hk/Lexis/lexi-mf/search.php?word=%E8%89%B2
『Wiktionaryー巴ー』
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%B7%B4
『漢字源流|中華語文知識庫』<巴>
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E5%B7%B4

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