「巧」について

 「巧言令色」の「巧」について調べました。

 まず、意味の確認です。今回は『漢字源 改訂第五版』を参考にしました。
①細工や技術がじょうず(上手)であるさま。手の込んだわざ(技)。
②たくみ(巧み)にうわべ(上辺)を飾る。また、そのさま。
 他の辞典をみると、もっと細かく分類されていますが、基本的には①の意味という理解でいいと思います。

 次に成り立ちをみてみます。
 今の字形をもとにすると、
「巧」=「工」+「丂」
という組み合わせになります。

 「工」は「コウ・ク」と音読みし、『漢字源 改訂第五版』には「たくみ・わざ・つかさ」という訓読みも挙げてありました。「物を作るときに用いる工具や道具の一種の形」を表わしています。
 「工具や道具の一種の形」としたのは、「差し金(エル[L]字型の定規[じょうぎ]のようなもの)や、握るところのある鑿[のみ]の象形文字」であるとか、「上下二線の間に縦線(|)を描き、上下の面に穴を通すことを示す指事文字」という異なった解釈の他、『常用字解』白川静氏によると、「金文には金属を打ちきたえるときの鍛冶(たんや)の台とみえるものがある」と、複数あるためです。
 また、『Wiktionary<工>』では不詳(ふしょう、はっきりわからない)とし、「工具あるいは定規の一種を象ったものとされるが、定説はない」とありました。
 そこで、更に調べを進め、わたしなりに納得のいく答えが見つかりました。それは、

 土器や陶磁器を作るときに用いる轆轤(ろくろ)の形

ではないかという(勝手な)推測です。

 台湾の國立故宮博物院『趣味的甲骨金文』によると、「工」は「陶器を作る(平らにする、固めるなど)ときに用いる工具あるいは道具」というような解説があり、『常用字解』白川静氏にも
「金文には金属を打ちきたえるときの鍛冶(たんや)の台とみえるものがある」という記述がみられることをもとに、そう考えました。

 仮に、各辞典にある「さしがね(エル[L]字型の定規[じょうぎ]のようなもの)、差し金、指矩、曲尺」とした場合ですが、「工」の一番古い(と思われる)二つの字形を見てみると、その形はL(エル)字型ではなく、T(ティー)字型か、あるいはまっすぐなもののように思います。

 また、この二つの字形は甲骨文字であることから、殷[商]代(紀元前16世紀頃 ~紀元前1046年)頃には「工」が存在していたものと思われます。わたしが調べた限りでは、いわゆるL字型の”さしがね”と呼ばれるものがすでに存在していたのかどうかわかりませんでしたが、一説によると、L字型のさしがねは、魯班(ろはん)とも呼ばれる公輸 盤(こうしゅ はん、紀元前507年 – 紀元前444年)という中国春秋戦国時代の魯の工匠によって作られたものとされていますので、時代が合いません。
 殷[商]代にすでに存在していた物差しとしては、「牙尺」や「骨尺」があるようですが、いずれもまっすぐな物差し(定規)のようですから、これをもとに「工」の字形は作られたと考えるほうが自然なように思います。

 いずれにしても、何が正解かというのはわかりませんから、子どもたちに教える場合は、はっきりしたことはわからないと前置きをして、上記のような成り立ちを興味・関心の程度にあわせて紹介するといいと思います。

 次に「丂」ですが、これは「コウ」と音読みし、「考」「巧」「朽」「号」のように漢字の一部として使われています。
 何かが先に進もうとしているんですが、「―」のところで突き当たったり塞(ふさ)がれてしまって先に進めないということを表わしている字形のようです。
 突き当たったことによって「曲がる」という意味になったという理解でいいと思います。

 「工」と「丂」には、それぞれ一番古い(と思われる)甲骨文字があります。一方、その二つを組み合わせた「たくーみ」という意味の「巧」の甲骨文字は見つかっていないようです。わたしが知る限りでは時代が進んだ戦国時代になって現れました。しかも、異なる二つの字形があったようです。

 上は「工」+「丂」でわかりやすいのですが、下はおそらく「丂」+「攴(攵)」という組み合わせになっています。
 「攴(攵)」は「ボク、うーつ、たた-く」で、「打つ、叩く」という意味がありますから、打ったり叩いたりすることによって物の形を変えて(曲げたりして)、なんらかの物を作るということなのだろうと思います。

 もうひとつ古い字形を見てください。

これは、「攻(コウ、せーめる、おさーめる)」で、戦国時代の字形です。
「攻」というと「せーめる」意味が頭に浮かびますが、大学などで「~を専攻(センコウ)」というように、「攻」には「修める、研究する」という意味もあります。
 これも、打ったり叩いたりして、なんらかの物を上手に作るということなのだろうと思います。

 この三つの古い字形には「工」「丂」「攴(攵)」の一番古い(と思われる)甲骨文字が使われています。そして、同時代に同じような意味を表わそうとして組み合わされ、混同したのではないかと思います。

 では、なぜそのような混同が生じたのでしょうか。

 改めて、「工」の意味を確認します。
「工」には「工作=器物を作る」という意味があります。器物(きぶつ)とは「うつわ=物を入れるもの」のことですから、「工」は「物を入れるものを作ること」を表わします。
 物作りには技術が必要です。そのため、「工」には元々「じょうず(上手)、わざ(技)」といった意味も含まれ「たくーみ(巧)」という意味も含まれるなど、幅広く使われていたと思います。

 しかし、時代が進み、物作りは段々と発展し技術力も高まっていきます。その技術力の発展・向上に合わせ、「工」よりももっと技術力のあるという意味を持った漢字が必要になり、「巧」「攷」「攻」という漢字が作られたのではないかと思います。

 それを裏付ける資料として、『考工記(こうこうき)』が挙げられます。考工記という書物がどんなものであるかの解説を一部抜粋して引用します。

 ”中国古代の礼書《周礼(しゆらい)》の篇名。工芸のことを述べる。この篇のもととなった記録は、その内容や語彙から見て、東周時代(春秋戦国時代)の斉国の人がまとめたもの。中国古代の工芸技術を知るための基礎的な資料である。”
執筆者:小南 一郎、出典:株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」、コトバンク

 そして、その内容については、関連がある箇所を『維基文庫』から抜粋し、『DeepL』で翻訳したものを引用します。

 ”天には時があり、地には気があり、材には美があり、工には巧みさがある。この四つが合わさって初めて良品となる。材が美しく工が巧みであっても、良品とならないのは、時を得ず、地の気を得られないためである。”

 ”木を攻むる工は七、金を攻むる工は六、皮を攻むる工は五、色を設ける工は五、刮摩する工は五、*埴を搏つ工は二なり。” 
 木を攻める工:輪、輿、弓、廬、匠、車、梓。 金を攻める工:筑、冶、鳧、栗、段、桃。 皮を攻める工:函、鮑、韗、韋、裘。 色を設ける工:画、繢、鍾、筐、幌。刮摩の工:玉、櫛、雕、矢、磬。*搏埴の工:陶、旊。”
*埴(しょく、粘土のこと)を搏(う)つ、搏埴(はくしょく):陶器作りに使う土を打ったり、捏(こ)ねたりすること。

 上記引用部分から、戦国時代頃に工芸の技術が進歩・発展していたことがわかると思います。
 また、「攻」が「せめる、攻撃する」という意味ではなく、「物を作る」あるいは「材料を加工する」といった意味で使われていることもわかるかと思います。
 なお、「攻」や「攷」に「攴(攵)」が使われていることから、材料を加工するさいに、「うつ、たたく」といった作業が必要とされるもののことを表わす漢字だと思われます。その場合、陶器の他に、金属類の工具や道具作りであることも考えられます。
 そして「巧」は「丂」の「曲げる」という意味合いから派生して、加工するという意味を表わし、いわゆる物作り全般に適用できる漢字だと思います。

 以上の点を整理してみると、

・最も古くは「工」だけで、「巧」「攻」「攷」という漢字はなかった。
・時代が進むにつれ、技術が進歩し、「工」、「丂」、「攴(攵)」が組み合わされて「巧」「攻」「攷」が作られ、細かい意味の違いによって使い分けられていた。
・時代の変化によってか「攻」は「せーめる」意味で用いられるようになった。
・「攷」には基本的な「工」が使われていないためか、次第に使われなくなってしまった。

ということが言えると思います。

 以上で、「巧」についての調べを終わります。

*参考資料
『漢字源流|中華語文知識庫』<巧>
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E5%B7%A7
『考工記(こうこうき)とは?』コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E8%80%83%E5%B7%A5%E8%A8%98-62000#goog_rewarded
『周禮/冬官考工記』維基文庫
https://zh.wikisource.org/wiki/%E5%91%A8%E7%A6%AE/%E5%86%AC%E5%AE%98%E8%80%83%E5%B7%A5%E8%A8%98
DeepL
https://www.deepl.com/ja/translator
『趣味的甲骨金文』國立故宮博物院、中華民國一〇三年十二月 初版三刷
『中国古代度量衡史の概説』丘 光明、楊 平、邦訳:白雲 翔、国立国会デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F10631890&contentNo=1
『Wikipediaー公輸 盤(こうしゅ はん)ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E8%BC%B8%E7%9B%A4
『中国の曲尺と日本のマガリカネ』沖本 弘、竹中大工道具館研究紀要13 巻 (2001)、J-STAGE
https://www.jstage.jst.go.jp/article/dougukan/13/0/13_BTCTM1302/_article/-char/ja/
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