四字熟語「切問近思」にある「近」について調べてみました。意味は特に問題ありませんでしたが、成り立ちについては補足説明をと思っています。
では、先に「近」の意味を『漢検漢字辞典 第二版』でみてみます。
①ちかい。隔(へだ)たりが少ない。
(ア)距離的に近い。
(イ)時間的に近い。
(ウ)関係が深い。
②ちかづく。迫(せま)る。
基本的に「近い」という理解でいいと思います。
次に成り立ちですが、結論から先に言うと『新漢語林 第二版』の「解字」が一番いいように思います。
”形声。辶(辵)+斤。音符の斤は、物を小さくするための刃物の意味。距離・時間を小さくする、ちかづくの意味を表す。”
「近」の古い字形ですが、わたしが調べたかぎりでは、
殷⇒周(西周⇒東周[春秋時代⇒戦国時代])⇒秦⇒前漢
という時代の流れの中で、戦国時代頃になって現れた文字(戦国文字)のようです。

一方、「辶(辵)」「斤」は殷代に作られた甲骨文字が見つかっています。


これはただ単に、戦国時代以前に作られた「近」が見つかっていないだけなのかもしれませんが、戦国時代頃に「ちかい」という意味の文字が必要とされ、「辶(辵)」と「斤」を組み合わせて「近」が作られたのかもしれません。
その真偽はわかりませんので、「近」は戦国時代頃に出現したものとして話を進めます。
先に示したとおり、「近」は「辶(辵)」と「斤」で作られています。「辶(辵)」は道、道路を表わし、「斤」は「おの(斧)」を表わしています。
「辶(辵)」の古い字形は、ちょうど交差点のような図形で、その中心に足が描かれています。
「斤」の古い字形は現在の「おの(斧)」と比べてしまうと、そういう形には見えないかもしれませんが、当時の「おの(斧)」の一種と思ってください。
では、なぜ、この組み合わせなのかというと、おそらくその頃から、道路の整備が重要な政策のひとつとして認識され始めたのではないかと推察しています。
その根拠となる資料がいくつかありますので、引用します。
”中国では、有史以前から統治権力によって道路が建設されていたと見られるが、春秋戦国時代以前の状況はよく判っていない。
紀元前221年に中国統一を果たした秦の始皇帝は、中国全域に中央集権的な支配を及ぼしていったが、その一環として全国的な道路網を整備した。中国統一以前は、各国間で車の車輪幅が異なっていたが、始皇帝は車輪幅を統一したため、道路のわだちが一定となり車両の交通が便利となった。”
これを読むと、秦の始皇帝の頃から本格的な道路の整備が行なわれていたようですが、秦の時代は戦国時代の次の時代ですので、根拠とはなりません。ですが、それ以前は各国間で車輪幅が異なっていたということですから、道路の整備自体は行なわれていたと判断していいと思います。
そして、もうひとつは、駅伝制度に関する資料です。
”駅伝とは、道路を開いて、一定の距離ごとに宿場を設け、馬や車(馬車)を備える。それを乗り継ぎながら重要な通信を送り、あるいは交通運輸の用に供する。”
”中国においても、駅伝は古くから発達していた。街道沿いに宿場を設けて宿泊の施設を整え、かつ馬や馬車を備えて連絡の用に供する制度は、前6世紀の末、春秋時代の後半にはすでにつくられていた。やがて秦(しん)が天下を統一して大帝国を建設すると(前221)、駅伝は全土にくまなく設けられ、次の漢帝国に受け継がれた。”
ここでも、秦の始皇帝の時代のことが詳しく説明されていますが、春秋時代の後半、つまり、戦国時代においても道路の整備が行なわれていたとの記述もみられます。
また、次のような記述もありました。
”中国語の「関隘(かんあい)」は、交通の要所に設けられた関所や防御拠点を指す。通常は険しい山や深い峡谷の要衝(ようしょう)に設けられた。
関隘は外敵を防ぐ以外にも、人々が往来し、商人が交易を行う際の交通の要所としても機能した。
その起源は古く、夏、商(殷)、周の時代にさかのぼる。当時は徴税のために辺境に設置された関所だったが、春秋戦国時代になると各諸侯が築いた長城と結合し、外敵を防ぐ砦(とりで)となった。”
関隘󠄀自体は道路ではありませんが、道路をつなぐ場所ですから、その道路の整備も行なわれていたと判断できると思います。
以上、見てきたように、戦国文字で示される「近」は、道路と、その整備のための斧(木を切り倒すための道具)とで、道路を整備することを表わしているのだと思います。
それによって、距離や移動時間が短くなり、「近」を「ちかい」という意味に用いるようになったのだと思います。
以上が、わたしの勝手な推測による補足説明です。
なお、最後に『新漢語林 第二版』とは異なる解説を付しますので、比較してみてください。
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。斤キンは、二つの線がふれそうになったさま。または、厂型の物に、<型の斧の先端がちかづいたさまとみてもよい。近は「辵(すすむ)+(音符)斤」で、そばにちか寄っていくこと。
『角川新字源 改訂新版』
形声。辵と、音符斤キンとから成る。「ちかい」意を表す。
『常用字解』白川静
形声。音符は斤キン。斤は鉞(まさかり)の類で、古い字形(古文1)では、止(足あとの形で、足)と斤とを組み合わせた形である。~中略~。神聖な鉞の霊の力を止(足)にふれて身に移し、出発する儀式である。
以上です。
*参考資料
『Wikipediaー古代道路:中国ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E9%81%93%E8%B7%AF
『日本大百科全書(ニッポニカ)ー駅伝制度ー』小学館、*コトバンクより
https://kotobank.jp/word/%E9%A7%85%E4%BC%9D%E5%88%B6%E5%BA%A6-36215#goog_rewarded
『【特集】中国古代の要衝「関隘」を訪ねて』AFP-BBNews
https://www.afpbb.com/articles/-/3444752

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