「達」について

 「下学上達」の「達」について調べてみました。

 今回は説明の都合上、成り立ちが中心となります。

「達」=「辵(辶、辶)」+「羍[羊+大]」

 「辵(チャク、辶、辶)」は、「行+止」という組み合わせで、行の省略形「彳」が「彡」になり、止が「龰」となった形です。行きつ戻りつする、歩いたり立ち止まったりする、止まってはまた行く、速く歩く、といった意味を含みます。通常は「辶、辶(しんにゅう、しんにょう)」の形で用いられます。
 「羍(タツ)」は、「羊+大」の組み合わせで、「大」が「土」の形に変わっています。生まれて間もない小羊。また、生後七か月の小羊といった意味を表わします。
 「達」を書くとき、「幸」との混同から、横線が二本か三本かで迷うこともあると思いますが、「ひつじ(羊)」であることを覚えておけば間違えることはないと思います。

 解説が前後してしまいますが、ここで「達」の一番古い(と思われる)字形のひとつをみてみます。
『漢字源流|中華語文知識庫』<達>より。

下が足を表わしていて、上は矢印のように見えます。シンプルですが、表現しようとしている意味はなんとなく理解できます。ただ、この字形に「ひつじ(羊)」はいません。

 もうひとつ、同時代と思われる古い字形があるのですが、用意できませんでした。そのため、今の字形で表わしますと、
「彳(行)+龰(止)+大(人)」
というような組み合わせになります。ここにも「ひつじ(羊)」はいません。
 なお、この古い字形は、

となって、「達」の異体字、俗字として辞書にも掲載されています。

 時代が進み、この字形には「ひつじ(羊)」がいます。

画像がややぼやけていて見づらいかもしれませんが、左半分が「彳」+右下が「龰」=「辶」になります。そして右側の真ん中が「ひつじ(羊)」の古い字形です。
 問題は、右側の上にある字形です。わたしにはどうも「十(ジュウ、10)」に見えます。
「十」の一番古い字形(と思われる)と、その次の時代に描かれた(と思われる)字形は、

になります。その後、今の「十」とほぼ同じ字形になりました。
 このように、右側の上の字形は「十」に見えます。そして、どういうわけか「十⇒大」になってしまいました。その時代の解釈や意味付けによる変化かもしれませんが、書きやすさ、字形のバランスのためかもしれません。

 仮に右側の上にある字形を「十」とするとどういう解釈ができるかですが、わたしは以下に示す資料をもとに次のように考えました。なお、これはわたしの勝手な推論であることにご留意ください。

「ヒツジは非常に群れたがる性質をもち、群れから引き離されると強いストレスを受ける。また、先導者に従う傾向がとても強い(その先導者はしばしば単に最初に動いたヒツジであったりもする)。これらの性質は家畜化されるにあたり極めて重要な要素であった。」
「ヒツジにとって、危険に対する防御行動は単純に危険から逃げ出すことである。その次に、追い詰められたヒツジが突撃したり、蹄を踏み鳴らして威嚇する。とくに新生児を連れた雌にみられる。ストレスに直面するとすぐに逃げ出しパニックに陥るので、初心者がヒツジの番をするのは難しい。」
『Wikipediaーヒツジー』より。

 上記資料と、その前に示した「達」の古い字形を合わせて考えると、「十」はおそらくヒツジが群れていることを表わしているのだと思います。「十」は数字の10の他、「多数」という意味があります。そして、群れで行動する習性があるということなので、単純に危険から逃げだそうとしてひとかたまりになって右往左往する様子を示そうとしたのではないかと思います。特に、新生児を連れた雌はパニックに陥るそうなので、「羍(タツ)」に生まれて間もない子羊という意味があるのも頷けます。

それと、もうひとつ考えられる仮説があります。
それは、「羊」が「山羊(ヤギ)」のことであった場合です。
『Wikipediaーヤギー』によると、次のような特徴があります。

「家畜としてのヤギは大人しくてあまり動かない草食動物というイメージがあるが、本来は非常に俊敏で行動的である。全体的に高くて狭い場所、特に山岳地帯の岩場などを好む種が多く、人間が登れないような急な崖においても、ヤギは素早く登ることができる。」

ということですので、「達」は、険しい崖を素早く駆け上って山の上に達するヤギの姿なのかもしれません。

 いずれにしても、なぜ、「羊」を加える必要があったのでしょうか。
 これもわたしの勝手な推論ですが、おそらく「至(いた)る」という漢字には含まれない意味を「達」に加えたかったからだろうと考えました。

 「至」の一番古い字形をみてみます。

矢が地面に突き刺さっている状態が描かれていて、「達する」という意味もあります。
 最初に示した「達」の一番古い字形となんとなく似ていて、ある時期・時代において意味の混同がみられたのかもしれません。あるいは、「至る」では表せない意味を表わそうとして、「達」の古い字形に「羊」を加えたのかもしれません。

 なお、「至る」と「達する」の使い分けですが、

至る:
到達する事実を客観的に述べる。時間、段階、結果など幅広い状況で使える。
達する:
努力や過程を経て到達するニュアンス。目標達成や、あるレベルに到達する状況で使われることが多い。

というように、「達する」には、努力や過程を経て到達するニュアンスが含まれていて、それを、行きつ戻りつする、歩いたり立ち止まったりする、止まってはまた行く、速く歩く、といった羊の習性であったり、険しい場所を素早く移動し高いところに達するヤギの習性で表わそうとしたのかもしれません。

 以上がわたしの勝手な推論です。

 最後になりましたが、各辞典の成り立ちの解説を付しておきます。上述のわたしの推論と比較対照してみると、おもしろいかもしれません。

『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。羊はすらすらと子をうむ安産のシンボル。達は「辵(進む)+羊+(音符)大ダイ」で、羊のお産のようにすらすらととおすことをあらわす。大は、むかしdadと発音したので、タツの音をもあらわした。
『新漢語林 第二版』
形声。篆文は、辶(辵)+。音符の(タツ)は、のびやかにはねまわる小羊の意味。のびやかにすすむの意味。
『角川新字源 改訂新版』
形声。辵と、音符羍タツ(𦍒は変わった形)とから成る。とおりぬける、ひいて「とどく」意を表す。
『常用字解』白川静
形声。音符は𦍒(タツ)。𦍒のもとの形は羍で、大(後ろから見た牝羊[めひつじ]の腰の形)の下に子羊が生まれ落ちる形で、小羊の滑り出すように勢いよく生まれる様子をいう。辵(チャク、辶、辶)には歩く、行くの意味がある。それで渋滞することなく速く行くことを達といい、「とおる、つらぬく」の意味となる。

 以上、「達」についてでした。

*参考資料
『漢字源流|中華語文知識庫』<達>
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E9%81%94
『字形演變󠄀|小學堂』<達>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=3304
『Wikipediaーヒツジー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%84%E3%82%B8
『Wikipediaーヤギー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%AE

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