「親」について

 「新」について調べていたとき、左側が同じ字形の「親」の成り立ちが気になって調べてみました。確かなことはわかりませんでしたが、興味深いことがわかりましたので、忘れないように書いておきたいと思います。

 まず、意味の確認です。今回は『新漢語林 第二版』を参考にしています。
①した-しい。ちか-い。ちか-しい。仲が好い。むつまじい。
②した-しむ。ちか-づく。仲良くする。なじむ。かわいがる。
③みずか-ら。したしく。自分で。特に天子の場合に用いる
④した-しみ。よしみ。親近感。思いやり。
⑤おや。両親。
⑥みうち。みより。

 次に成り立ちですが、各辞典とも特徴がありますので、それぞれ引用します。
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。辛シンは、肌身を刺す鋭いナイフを描いた象形文字。親の左側は薪シンの原字で、木をナイフで切ったなま木。親は「見+(音符)シン」で、ナイフで身を切るように身近に接して見ていること。じかに刺激をうける近しい間柄の意。
『新漢語林 第二版』
形声。見+音符(辛+木、シン)。音符の(シン)は進に通じ、すすみいたるの意味。すすんで目をかける、したしむの意味を表す。
『角川新字源 改訂新版』
会意形声。見と、木(き)と、辛(シン)(はり。立は省略形)とから成る。木材に針を打った神木で位牌(いはい)を作り、これを仰ぎ見ることから「おや」の意を表す。
『常用字解』白川静
会意。辛と木と見とを組み合わせた形。辛は把手(とって)のついた大きな針。この針を投げて位牌を作る木を選び、その新しく切り出した木で作った位牌を見て拝む形が親である。

 こうやってみてみると、『角川新字源 改訂新版』と『常用字解』は同じような解釈をしていて、おそらくこの解字が基本になるだろうと思います。他の2冊の解字は腑に落ちませんでした。
 漢字の組み合わせについては各辞典共通していて、
「親」=「辛」+「木」+「見」
となっています。
 ところが、「親」の古い字形をみてみると、「木」がありません。これは「新」の場合と違い、”省略”ではなく、”無かった”です。時代が進み、文字が統一された時期に加えられたように思います。

 わたしが調べた限りではこれが一番古い字形ですので、これを元にすると、
「辛」+「見」
となります。「見」は基本的に目で「みる」という理解でいいと思いますが、問題なのは「辛」をどう見るか、です。

 各辞典とは異なる、いつもの勝手な推論が頭の中に2つ浮かんできました<笑>。

 まず最初は『漢字源流|中華語文知識庫』の「親」の解説を元にした推論です。
 中国語での解説に「意為探視犯罪受刑的人」という一文がありました。グーグルでは「刑に服している人々を訪問する」という翻訳でしたが、漢字を元に推測すると「罪を犯し刑罰を受けている人を見舞う」というような訳になるのではないかと思います。
 『常用字解』によると「辛は入れ墨をするときに使用する把手(とって)のついた針の形。入れ墨の刑罰を象徴するもの。」とのこと。そうすると、ここで「辛」は「罪を犯し刑罰を受けている人」のことを意味していると思いますし、右側の「見」がその「辛」という人を見舞う人ということになります。
 そして、
 罪を犯し刑罰を受けるような悪人でも、見捨てることなく接するのが「親」
ということなのかもしれません。

 ここで思い出すのは、殷の最後の王「帝辛」のことです。もしかしたら、上述の「辛」は「帝辛」のことを指しているのではないかとも考えました。残念ながら「帝辛」の母が誰なのかは不明とのことなので、なんとも言えませんが、「辛」が「帝辛」だとすると、「見」という字形の人物は「帝辛の母」のことなのかもしれないと思ったりもしています。

 いずれにしても、「親」の意味③の「特に天子の場合に用いる。」を裏付けるような場面が想像できました。

 次にもうひとつの推論ですが、次のような資料が元となっています。

「殷代には女性が高い地位に就くだけではなく、政治力を行使することもあった。殷墟から発掘された武丁の妻のうちの一人である婦好の墓には、貴重なヒスイや青銅器が副葬されており、彼女の富を示している。加えて、婦好墓から発見された甲骨文字の記録によれば、婦好は軍隊を率いて殷の北部の戦いに出向き、国家を征服し、祖先崇拝への務めを主導し、宮廷で政治を手助けしたことが書かれている。彼女の死ののち、婦好は後世の君主から「辛」という諡(おくりな)*を与えられ、奉納品が捧げられた。」『Wikipediaー中国の女性史、殷墟の婦好墓ー』より。
*諡(おくりな):死者に対し、その生前の行いによってつける呼び名。『角川新字源 改訂新版』

 この資料が「親」という漢字の成立になんらかの関係があると仮定した場合、「辛=婦好」「見=後世の君主」ということになり、「子どもが母を祀る姿」という形になります。しかし、

「同じく婦好墓の甲骨文によれば、当時は女児よりも男児が好まれる傾向があったらしく、婦好の妊娠について[出産は丁の日か庚の日か。31日後の甲寅の日に、残念ながら女子を生んだ]と記されている。加えて、男性の支配者は男児を得る可能性を高めるために複数人の妻を持つことが許されていた。実際、婦好は70人近く存在する武丁の妾(めかけ)の一人である。」

とあり、「後世の君主=男性」と考えると、この仮説は成り立たないようにも思います。
 こじつけになりますが、後世の君主が祖先を崇拝し婦好を実の親のように祀(まつ)ったのか、あるいは祖先を祀ること自体を”親子のような関係”というふうに見なされたと考えられなくもないとは思いますが・・・。

 いずれにしても、「親」に含まれる「辛」は「亡くなったあとに付けられる名前」であるように思います。そうすると、『角川新字源 改訂新版』や『常用字解』の成り立ちで、「親」の左側を「位牌」としていることも頷(うなず)けます。

 以上、「親」の成り立ちについての、勝手な推論でした。

 最後になってしまいましたが、なぜ「辛」という漢字が諡(おくりな)として用いられているのかについて説明します。

 これは「十干(じっかん)」と関係があるようです。『Wikipediaー十干ー』によると、
「殷代の甲骨文字からすでに太陽信仰の下で十干は使用されており、天には10の太陽があり、日替わりで登るという神話を持ち、殷にはその太陽の子孫を名乗る10の氏族があり、この10王家が相互に婚姻関係にあり、名前にも十干が含まれているとしている。」
「十干は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類からなる。」
十干の本義は、生命消長の循環過程を分説したものである。」
とのことです。
 「生命消長の循環過程」というのは、
・甲:甲冑の甲から、種子がまだ暑く堅い皮をかぶっている状態。転じて物事の始まりを表す。
・乙:元は軋(きし)るの意味。草木の芽が幼く屈曲している様子を表している。
・丙:元はあきらかという意味を持ち、草木の成長が始まってその姿がはっきりしてきたという意味。
・丁:壮丁(そうてい。壮年の男性の意)という言葉が今も残るように、草木が大きくなり、充実してきたという意味。
・戊:茂るを表す文字。草木が盛大に繁茂している様子を表す。
・己:紀(手順、筋道の意味)。草木が十分に繁茂し、条理が整う様子を表す。
・庚:元は更(改まる意味)。草木が成熟し成長は止まり、新たなものに変化しようとする様。
・辛:元は新(あらた)の意味。草木が枯れ、新しくなろうとする様。
・壬:元は妊(はら)という意味。草木が種子となって新しい生命をその内にはらんだ様。
・癸:元は測るという意味。種子の中で新たな生命が徐々に形作られ、再生までの時を測れるほどとなっている様。『十干の話』こよみのページより。
 というような考え方とのことでした。

 殷(商)の時代では、その王族は太陽の末裔(まつえい、子孫のこと)と考えられていたため、王が亡くなったあと、十干のいずれかを諡(おくりな)にしたとのことです。

 これで、「親」についてを終わります。

*参考資料:
『Wikipediaー殷ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%B7
『Wikipediaー中国の女性史、殷墟の婦好墓ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E5%A5%B3%E6%80%A7%E5%8F%B2
『Wikipediaー十干ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%B9%B2
『十干の話』こよみのページ、byかわうそ@暦
https://koyomi8.com/doc/mlwa/200705140.html




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