「温故知新」に含まれる「新」について調べました。
まず「新」の意味ですが、今回は『角川新字源 改訂新版』を参考にします。
①たきぎをとる。
②あたらしい。あらた。
③あたらしくする。あらたにする。あたらしくなる。
④あらたに。はじめて。…したばかり。…してまもない。
⑤あたらしい物事。
⑥したしむ。
⑦前漢の末期、王莽(おうもう)の建てた国号。一代15年(紀元後8年~23年)でほろんだ。
次に成り立ちですが、それぞれ特徴があるため、個別に引用します。
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。辛は、鋭い刃物を描いた象形文字。新の左側は「木+(音符)辛」の会意兼形声文字で、木を切ること。新は「斤(おの)+(音符)シン」で、切りたての木、なまなましい意。
『新漢語林 第二版』
形声。斤+木+辛。音符の辛は、刃物の象形。木を切ってたきぎにするの意味を表す。薪の原字。また、切り口があざやかなところから転じて、あたらしいの意味をも表す。
『角川新字源 改訂新版』
形声。斤と、音符(辛+木、シン。*立+木は省略形)とから成る。若木を切ってたきぎにする意を表す。「薪シン」の原字。転じて「あたらしい」意に用いる。
『常用字解』白川静
会意。辛と木と斤とを組み合わせた形。辛は把手(とって)のついた大きな針。位牌を作る木を選ぶとき、この針を投げて選び、針の当たった木を斤(おの)で切ることを新という。神意によって選ばれた木を新しく切り出すことで、「あたらしい、はじめ」の意味となる。
「あたらしい」という意味が「新」にあるということは言うまでもありませんが、『角川新字源 改訂新版』では「新」の第一の意味を「たきぎ(薪)をとる」にしています。また、成り立ちの説明では『角川新字源 改訂新版』『新漢語林 第二版』は「新」を「たきぎ(薪)」の原字とみています。
そこで「新」の字形の組み合わせと、古い字形をみてみます。
「新」=「辛」+「木」+「斤󠄀」

まず左側ですが、「立+木」ではなく「辛+木」の省略形とのことです。
『常用字解』では「新」に含まれる「辛」を「把手(とって)のついている大きな針。」としていますが、この場合の「針」は縫い針や注射針のようなものではなく、他の辞典にある”刃物の一種”とみていいと思います。
「木」はいわゆる”樹木”で、「斤󠄀」は木を切る道具の”斧(おの)”のことを表わしています。
ここで2つの疑問が生じました。
1)なぜ、たきぎ(薪)を作るのに「辛」と「斤󠄀」の2つの刃物がいるのか。
2)たきぎ(薪)から、どうして「あたらーしい」という意味も加わったのか。
です。
まず、1)についてですが、古い時代にどうやって薪を作っていたのかを示す資料が見つかりませんでしたので、一般的な作り方を参考に推察すると、
・斤󠄀(おの、斧)を使って山から木を切り出し、斤󠄀で木の長さを揃え、斤󠄀と辛を使ってたきぎ状に割る。
という感じかなあと思います。ちなみに、斤󠄀は斧(おの)のことだと思いますが、辛はおそらくくさび(楔)のような形のものだろうと推察しています。

はっきりとしたことはわからないまでも、2種類の道具を使っていたということだと思います。
次に、2)についてですが、各辞典の成り立ちの説明がどうにも腑に落ちません。そのため、わたしなりに2つの仮説(勝手な推論)を立ててみました。
ひとつは、
a)切り出したあとの切り株から、再び芽が出る(再生する)ことから。
たきぎ(薪)の需要が増すにつれ、その不足が心配されますが、切ってもまた新しい芽が出て再生されることが、当時の人たちにとっては有り難いことであり、重要なことであったと思います。
再生されるという点に注目すると、「あたらしい」という意味よりも「あらた、あらたに」という意味が先に「新」に加わったように思います。
もうひとつは、かなり突拍子もない仮説になります<笑>。
b)殷代最後の王(帝辛)を討滅し、周(西周)の時代に改まったことから。
殷という時代は紀元前1600年頃から紀元前1050年頃までの約5~600年もの長い間続きましたが、第30代となる最後の王・帝辛(ていしん)が周に滅(ほろ)ぼされされたことによって終わりを迎えました。『Wikipediaー帝辛-』に、その人物像などが記されていますので一部抜粋・要約・引用します。
「帝辛は美貌を持ち、弁舌に優れ、頭の回転が速く、力は猛獣を殺すほど強かったという。それゆえ臣下が愚鈍に見えて仕方なく、諫言を受けても得意の弁舌で煙に巻いてしまった。そのため帝辛の増長はつのり、「天王」を自称するようになる。神への祭祀をおろそかにし、重税をかけて天下の宝物を自らの物にし、佞臣(ねいしん。口先がうまくこびへつらう家来のこと。)を重用。日夜宴会を開いて乱交にふけった。この時、帝辛は肉を天井から吊るし林に見立て、酒を溜めて池に見立て、その上で女性をはべらかしながら、ほしいままにこれらを飲み食いした。ここから度を過ぎた享楽の事を「酒池肉林」と呼ぶようになった。」
「やがて周という国に武王*が立つと、ついに天下の諸侯は帝辛を倒すために立ち上がった。この時殷軍は70万を超える大軍であったが、その軍は奴隷が多く占め、戦意がないどころか武王がやってくるのを待ち望んでいたほどのありさまで、殷軍はあっというまに大敗した。
撤退した帝辛は焼身自殺したが、その死体は武王により鉞*で首を断たれた。」
*武王は聖王として後世に崇(あが)められている。また、道教においては神の化身とする場合もある。
*鉞(まさかり)。大きな斧(おの)。昔、天子が将軍に征討を命じる時に、生殺の権限を与えたしるしとして授けた。『漢字源 改訂第五版』より。
「帝辛についての伝記は暴政や悪事についてがほとんどであるが、殷を倒した周が武王の功績を讃(たた)え統治を正当化する意図で暴君として描いたとも考えられる。『論語』の中で孔子の弟子・子貢(しこう)は「殷の紂王(ちゅうおう。帝辛の別名)の悪行は世間で言われているほどではなかっただろう」旨の言葉を述べており、相当の悪評がある一方で、それに対して懐疑的な見方も既にあったことがわかる。」
以上、記録に残されていることの真偽はわかりませんが、いずれにしても、約5~600年もの間続いた殷という王朝が滅ぼされ、新しい時代にかわったことは歴史的にみても重要な転換期であったと思います。
改めて、「新」の古い字形をみてみます。


この2つの字形から、下の字形は「木」を省略した形とする見方もあり、おそらくそれが正しいとは思いますが、わたしはこの省略された字形「辛+斤󠄀」が、「武王が鉞で帝辛(紂王)の首を断(た)った」ことを表わしているようにみえてしまいます。そして、そのことが新しい時代の幕開けとなった象徴的な出来事であったため「新」に「あたらしい、あらたに」という意味が加えられたのではないかと思います。
仮に「木」が省略されていない場合の上の字形の場合、b)の成り立ちは不自然に思えてしまいますが、「木」には樹木としての木の意味の他、
「木でできたもの。ひつぎ(棺)、かんおけ(棺桶)。手かせ、足かせ、首かせといった罪人にはめる刑具。」
というような意味もあるようですから、討滅の対象となった帝辛であることを特定するためにあると理解していいのかもしれません。
以上の点をまとめ、「新」の成り立ちを次のように整理してみました。
・古くから火を利用してきた人たちにとって、たきぎ(薪)は生活に欠かせないものだった。
・その、たきぎ(薪)という意味を表わすために「新」という字形が作られた。
・のち「あたらしい、あらた」という意味に「新」が用いられるようになったため、「新」に草冠をつけて「たきぎ(薪)」とし、区別するようになった。
・「新」に「あたらしい、あらた」の意味が与えられるようになった理由については諸説あるが、自分としては、a)またはb)ではないかと考えている。
最後になりましたが、「新」の意味⑥⑦についてです。
「新」の意味⑥に「したしむ」とありますが、これはわたしが調べたかぎりでは『角川新字源 改訂新版』だけにあって、他の辞典にはありませんでした。ですので、おそらく「親」が「シン」と同じ読みであることからだろうと思います。
⑦についてもはっきりとしたことはわかりませんが、仮に、「新」の成り立ちで推察した”b)”のような時代の転換を意味しようとして名付けられたのかもしれません。
『Wikipediaー王莽ー』によると、「王莽は周代の治世を理想とし、『周礼』など儒家の書物を元に国策を行った。」とありますので、あながち間違いではないように思いますが、やはりこじつけのようにも思います<苦笑>。
以上、「新」についてでした。
*参考資料:
『Wikipediaー殷ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AE%B7
『Wikipediaー帝辛ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%9D%E8%BE%9B
『Wikipediaー斧ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%A7
『薪の歴史の解説します、古代から現代まで人と薪との関わりについて』もりつく
https://moritsuku.com/firewood/post-355/
『薪の歴史』東京都燃料商業組合
https://tonensyo.org/column/firewood
『Wikipediaー王莽ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E8%8E%BD

コメント