「胡」と「湖」

 「温故知新」の「故」について調べているとき、「胡」という漢字が目に止まりました。
 「胡」だけだとあまり見なれない漢字かもしれませんが、「湖(みずうみ)」という漢字に含まれていますし、野菜の「キュウリ(胡瓜)」や「ゴマ(胡麻)」は目にすることがあるかもしれません。
 横道にそれることになりましたが、「胡」についても調べてみることにします。

 では、「胡」の意味と成り立ちをみていきます。意味については、3つの辞典を参考にまとめてあります。
意味:
①えびす。北方または西方の異民族。また、広く、異民族や外国のことをいう。
②けもの(獣)のあごのたれ下がった肉。また、垂れてあごをおおったひげ。
③命がながい。長生き。老人。
④はるか。とおい。ながい。
⑤でたらめ。とりとめがない。
⑥なんぞ。いずくんぞ。なに。疑問の助字。
⑦ほこ(戈)の、曲がって突き出ている刃。

成り立ち:
『漢字源 改訂第五版』
形声。「肉+(音符)古」で、大きく表面をおおい隠す意を含む。古は単に音をあらわし、原義(ふるい)には関係がない。
『新漢語林 第二版』
形声。月(肉)+古。音符の古は、ぼんやりしている(模糊(モコ))さまを表す擬態語。肉の一部なのか、あごひげなのか、ぼんやりしてわからない、牛のあごの下のたれ肉の意味を表す。またぼんやりしてよくわからない、はるかに遠いえびすの地の意味も表す。
『角川新字源 改訂新版』
形声。肉と、音符の古(コ)とから成る。けもののあごの下の肉の意を表す。借りて「なんぞ」「えびす」の意に用いる。
『字統 普及版』
形声。声符は古。古は祝祷を収めた器の形。牛のあごの下に垂れた皮をいう。狼にもその肉があるとされ、鳥では鵜(う)やペリカンにあご袋がある。戈(ほこ)にも、柄(え)に装着した部分に沿って膨らみのあるところがあって、胡という。

 こうして意味と成り立ちをみていると、成り立ちをもとに、まず②の意味ができたような印象を受けますが、そもそもなぜ②のような意味なのかが腑に落ちません。
 それで、①の「えびす、異民族」というような意味に何かヒントが隠されているんじゃないかと考え、次のような仮説(勝手な推論<笑>)を立ててみました。

・「胡」は、古代中国の民族「月氏(げっし)」のことを指しているのではないだろうか。

『Wikipedia』に、
「月氏は、紀元前3世紀から1世紀ごろにかけて東アジア・中央アジアに存在した遊牧民族とその国家名。紀元前2世紀に匈奴に敗れてからは中央アジアに移動し、大月氏と呼ばれるようになる。」
とありました。このことから、
 大月氏と呼ばれる前の(過去の、古い)月氏=
になったのではないかと考えました。

同『Wikipedia』の「月氏」の項に、月氏という名の語源についての記述もありました。6つの説が挙げられていましたが、その中の2つの説のうちの(ア)がこれに該当するかと思います。

(ア)月氏の子孫であるクシャーナ朝の彫像に、月のシンボルが多く見出されることから、月氏が月を崇拝のシンボル(トーテム)としていたために中国側がその意訳として月氏にしたとする説。

(イ)釈適之『金壺字考』(宋代)に「月氏…月音肉。支如字。亦作氏。」とあることから、中国の張西曼は「大月氏は大肉氏の誤写であり、タジーク民族の対音である。」と主張し(1947年)、それが中国やアメリカで支持され、「月氏(Yuezhi)」を「肉氏(Rouzhi)」と表記・発音する研究者が生まれた。

 古代中国ではすでに天文に関する研究が進んでいたようで、月の満ち欠けや月食など月の運行に関心が持たれていたことが月氏という名前と何か関係があるのではないかと思っていました。そうなると、(ア)の説がその証明になるかもしれません。
 しかし、仮に(ア)が語源だとすると、「胡」の右側はいわゆる天体の「つき」であって、「にく」ではないことになります。そう考えると、各辞典の解説を否定することにもなりますが、わたしはやはり(ア)の説のほうが理解しやすいと思います。

 ではなぜ、各辞典の成り立ちや②そして(イ)のような解釈が生まれたのかを考えてみました。

 月氏は遊牧民族とのことですが、中国の主要民族の漢民族からみると、いわゆる異民族になります。そのため、漢民族とは違う異民族の特徴をとらえ、「けものや牛といった動物の顎の肉が垂れ下がったような顔、あるいは姿」と例(たと)えたことから②のような意味が生まれたのではないかと思います。
 また、異民族にはやや蔑(さげす)んだ意味も含まれていたようです。月氏がそう見られていたかどうかはわかりませんが、「胡」が”えびす”という意味を表わす場合にはその対象になる場合もあったかと思います。それが原因・理由となって②の意味になったとも考えられます。

 以上、「胡」の意味と成り立ちに関してでした。

 最後に、「湖」について触れておきたいと思います。
 この漢字の成り立ちは、
「湖」=「氵(水)+胡」
とする辞典がほとんどです。しかし、「湖」の一番古い字形をみてみると、

「氵(水)」+「古」
という組み合わせで、「月」がありません。おそらく、

・古くからの、水のある所

という意味合いで作られた漢字だろうと思っています。

 では、なぜ「沽」が「湖」になったのかですが、「沽」は「売買(売ったり買ったりする)」というような意味でも使われていた漢字でした。そのため、「沽」を「売買」の意味として用い、「沽」に「月」を加えて「湖=みずうみ」にしたのではないかと推察しています。
 ではなぜ「胡」だったのか。単に音が近いからという見方もあるようですが、わたしは別の見方の可能性もあるように思っています。
 その別の見方というのは、「海」との対比によるものではないかということです。
 次の地図を見てください。

 地図中央のやや上のところに「月氏」という文字がみえると思います。月氏はその北(上)にある「匈奴」との戦いに敗れ、西(左)のほうへ移動して「大月氏」と呼ばれるようになり、東西の交易で栄えたとのことです。
 「胡」が大月氏の古い呼び名「月氏」のことだと仮定すると、渤海(ぼっかい)や黄海(こうかい)[*地図の右側にある水色の部分]といった、いわゆる「海」に対して、月氏が居たところの、内陸部にある海のように見える(見えた)ものを、「氵(水)+胡=湖(みずうみ)」と表わすことにしたのではないかと考えました。
 この場合、「月氏」という文字の下にみえる「青海湖」のことを指していると思いますが、確証はありません。
 青海湖は古くは「西海」と呼ばれていたようで、中国最大の「塩水湖」とのことです。内陸部に住む人たちにとってはおそらくこの湖が海のように見えたのだろうと推察しています。

 以上が「湖」に関するわたしの勝手な推論です。

 後出しになってしまいましたが、2つの辞典の「湖」の成り立ちの解説を付しておきます。わたしの推論と比較対照してもらえたらと思います。
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。「水+(音符)胡(牛のあごをおおってたれる皮)」。上からカバーするという基本義を含む。おおいかぶさるように垂れるひげを鬍コという。湖は、大地をカバーする大きな水、つまり、湖水のこと。
『新漢語林 第二版』
形声。氵(水)+胡。音符の胡(コ)は、巨に通じ、大きいの意味。大きな池、みずうみの意味を表す。

 

*参考資料
『湖のはなし』「かんじのはなし」yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/18297891.html
『Wikipediaー月氏』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E6%B0%8F
『中国がまるごとわかる中国百科事典ー中国地図』
https://www.allchinainfo.com/map/
『コトバンクー青海湖ー』
https://kotobank.jp/word/%E9%9D%92%E6%B5%B7%E6%B9%96-85543


 




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