「是非之心」という四字熟語にある「是」について調べました。どうもいろいろな説があるようで、その原因はおそらく古い字形から「是」の意味を理解するのが難しいためだろうと思います。
結局答えは見つかりませんでしたが、わたしなりの結論と、一般的な解釈を記しておきたいと思います。
まず先に「是」の意味を、『漢字源 改訂第五版』『新漢語林 第二版』『角川新字源 改訂新版』を参考にまとめます。
①ただしい。よい。
②ただす。誤りを直す。よくする。
意味としてはこのような理解でいいと思います。語法としては「是」は「これ」という指示詞として使われることも多いです。
次に成り立ちですが、この成り立ちに不明な点が多いことが問題です。ここでは『新漢語林 第二版』の成り立ちを参考にします。
「会意。金文は、早+止。早は、柄の長くつき出たさじの象形。止は、あしの象形で、この場合は、まっすぐのびた柄の意味。つき出た柄のあるさじの意味を表したが、正に通じ、ただしいの意味に用いるようになったため、篆文では、日+正の会意文字となった。」
他の辞典もほぼ同じような解釈で、「是」は「匙(さじ)」の原字とみています。
篆文(てんぶん)では、日+正の会意文字となったということですが、これはおそらく秦という時代に文字の統一が行われたときに、このような成り立ちと字形に落ちついたのだろうと思います。
さて、ここからはわたしの勝手な推論です。一般的な成り立ちの解釈とは異なっていますので、ここだけの話にしてもらえたらと思います<苦笑>。
まず、「是」の一番古いと思われる字形のひとつがWiktionaryにありましたので、それをみてください。

これを現在の漢字にすると次のような組み合わせになります。
「子」+「止」+「冊」
この組み合わせですが、実は、「智」の一番古い字形の組み合わせにも「子」「冊」があって、「是」と「智」にはなんらかの関連性があるように思いました。ここでは著作権の関係でその古い字形を表示できませんが、その組み合わせは次のようになります。
「子」+「口」+「大、または矢」+「冊」
それぞれ元の字形から「子」「冊」は無くなってしまったり変形したりしてしまっていますが、「子」+「冊」から読み取れることは、「子どもが本を読んで学んでいる」という様子だと思います。そして、わたしがなぜこの二つになんらかの関連性があると考えた理由は「是非之心」にあります。
孟子が唱える四端説のひとつで、
・善し悪しを見分ける心は、”智”の芽生え
だと言っている点です。ここに「是」と「智」には意味的な共通点があるように思えました。
元に戻って、「是」の古い字形の組み合わせの変化をみてみます。
「子+止+冊」から「冊」が省略されました。これは字形を簡略化するためだと思います。そして、次に、「子」の古い字形の頭の部分に点(・)が入り、「早」という字形に置き換わってしまいました。
その理由はわかりませんが、「冊」が省略されてしまった字形「子+止」からでは「ただしい」という意味を導くことが難しかったんではないかと思います。そのため、「早+止」という成り立ちにして、「早は、柄の長くつき出たさじの象形。止は、あしの象形で、この場合は、まっすぐのびた柄の意味。つき出た柄のあるさじの意味を表した」『新漢語林 第二版』、のではないかと思います。しかし、わたしにはどうしても「早」がさじの象形には見えません。
わたしは「是」の一番古い字形の成り立ちをもとに次のように理解しています。
「子」+「止」+「冊」
子どもが本(冊)を読んで学んでいます。そしてその学びは一過性のものではなく、「止=ここではとどまる意)」として、継続して学ぶことで、正しい知識を身につけるということを表わしたかったんではないかと思います。
「是」の解字をいくつかの辞典でみると、「匙(さじ)」の原字としているようですが、これがどうにも腑に落ちません。では、なぜ「是」を「匙(さじ)」の原字だとみているのかを考えてみました。もしかしたら、「是」の古い字形に次のようなものがあるからだと思います。

「是」の字形は『小學堂』の字形の変遷をみると20ぐらいあります。そのうちの4つの字形は横棒の先が分かれていて「さじ」のように見えるものがあります。ただ、この組み合わせをどう理解していいのかはいくら考えてもわかりませんでした。
いずれにしても、「是」の字形が20あまりもあるということは、「是」の意味を表わす字形の作成に苦慮されたんだろうと思います。そして、秦の時代に文字の統一が行われたさい、
「日」+「正」
という組み合わせにして、太陽の周期性から「正しい」という意味を表わすようにしたんだと思います。
古い字形を元に、古代の人たちがどう考えて文字を作ったのかを考えることは面白いことではありますが、今回の場合は、「日」+「正」の組み合わせがわかりやすいように思っています。
次に「匙」の字形をみてみます。「匙」は「是」+「匕󠄀」という組み合わせです。「是」や「匕󠄀」に比べると新しい字形のようです。
「匕󠄀」が「さじ」の意味を持っています。「匕󠄀」の古い字形が「人」や「刀」の古い字形と似ているものがありますが、たとえば、

これが「匕󠄀」の古い字形です。アルファベットの「S」を引き伸ばして斜めにしたような形に横線が加えられています。この横線がなんなのかわかりませんが、わたしの考えでは、これがなくてただの流線形だと、それこそ何がなんだかわからないため、さじの上下を示すための記号的なものを加えて「さじ」としたのではないかと思います。
いずれにしても、「匕󠄀」は「さじ」を意味しているという見方が多いです。
そして、「是」を「正しい」意味の漢字として加え、「匙」としたのではないかと考えました。そのヒントとなったのは次のような資料です。以下、引用します。
「古代中国の漢方では、「銭匕(せんひ)」という単位が用いられました。「匕」はさじの象形文字であり、一銭匕(いっせんぴ)は、貨幣で粉薬をすくってこぼれない程度の量で、およそ1gだということです。さらに、五銖銭(ごしゅせん)(「五」と「銖」の文字が刻まれた穴空き銅銭)の「五」の字のところだけに粉薬を乗せた量は「銭五匕(せんごひ)」という単位で、これは一銭匕の約1/5に当たります。」「Medical Diagram単位の法則」『ファーマスタイル』2019年1月号、m3.com <エムスリー>より。
このように、「匙」は何かを正しく計量するための「さじ」という意味なのかもしれません。
*参考資料
「Medical Diagram単位の法則」『ファーマスタイル』2019年1月号、m3.com <エムスリー>
https://ph-lab.m3.com/categories/knowledge/series/medicaldiagram/articles/2

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