「早」は「匙(さじ)」の象形文字?

 「是非之心」という四字熟語の「是」について調べていたところ、その成り立ちの組み合わせを「早」+「止」とし、「早」に「匙(さじ)」の意味があるとしている辞典がありました。それがどうにも納得がいかず、いろいろと調べてみましたので、備忘録として残しておきたいと思います。

 『角川新字源 改訂新版』の「早」の成り立ちです。

「象形。さじの形にかたどる。借りて、よあけ、「はやい」意に用いる。」

 『新漢語林 第二版』は「是」の組み合わせのひとつの「早」の成り立ちとして、

「会意。金文は、早+止。早は、柄の長くつき出たさじの象形。」

というふうに説明しています。しかし、同辞典の「早」を調べると、

「会意。篆文は、日+甲。日は、「ひ」の意味。甲は、人の頭の象形。人の頭上に太陽があがりはじめる朝まだきの意味から、はやいの意味を表す。常用漢字の早は、甲の部分を十に改めたもの。」

という解説で、「匙(さじ)」とはみていないようです。

 一方、『漢字源 改訂第五版』は、

「象形。クヌギや、ハンの木の実を描いたもの。皁ソウとも書き、その外皮は黒い染料に用いる。黒い意より転じて、朝の暗いときをさす。」

としていて、子ども向けの辞典『例解学習漢字辞典 第七版』も同様の解説でした。

 ここからはわたしの勝手な推論です。

 わたしも『漢字源 改訂第五版』『例解学習漢字辞典 第七版』と同じように、「早」はクヌギの象形文字のように思えます。ただ、なぜ、クヌギの形から「早い」という意味を表わそうとしたのかについては別の見方をしています。

 まず、「早」の古い字形をみてみます。

 上の部分は「早」の上の部分とわかりますが、下のゴチャゴチャした字形がなんなのかわかりませんでした。それでクヌギについて調べたところ興味深いことがわかりました。
 先にクヌギのイラストをみてください。

そして、クヌギの特徴をWikipediaで調べた結果を箇条書きにしてみました。
・葉は長楕円状の披針形で、葉縁には針状の鋸歯が並ぶ
・クヌギの鋸歯の先は針のように尖っている
・ドングリの中では直径が約2 cmと大きく、ほぼ球形で、基部半分は椀型の殻斗につつまれている。
・殻斗の回りには線状の鱗片(総苞片)が、密に線状になってたくさんつく。この鱗片は細く尖って反り返った棘状であり、この種の特徴でもある。

 クヌギと直接関係はありませんが、参考までにトゲ(棘)のある木の象形文字「棗(ソウ、なつめ)」の古い字形のひとつを挙げておきます。

「早」の古い字形の下の部分と同じとは言いませんが、おそらく「トゲ」を表わそうとしたのではないかということで、この「棗」の古い字形を例に挙げました。この「棗」と同様に、クヌギにおいてもトゲの部分を強調したかったのではないかと思います。

 では、「早」がなぜ「早い」という意味に使われるようになったのかについてですが、クヌギと人との関わりが関係しているように思いました。

・薪炭材としては落葉ブナ科樹木、いわゆるナラ類の中でも別格で非常に評価が高い。
・材質は硬く、材は建築材や器具材、家具材、車両、船舶に使われる。
・伐採しても萌芽再生力により繰り返し収穫できる。
・クヌギは成長が早く植林から10年ほどで木材として利用でき、木材生産には効率がよい。
・縄文時代の遺跡からクヌギの実が土器などともに発掘されたことから、灰汁抜きをして食べたと考えられている。
・飼料としても利用できる。養蚕では、屋内で蚕を飼育する家蚕(かさん)が行われる以前から、野外でクヌギの葉にヤママユガ(天蚕)を付けて飼育する方法が行われていた。

 上記は古代中国関連の資料からの抜粋ではありませんが、古い時代においても、クヌギはいろいろな場面で使われていた身近な「木」だったと推察しています。そして、伐採しても繰り返し再生し、そしてその成長が「早い」ということが驚きであり、価値の高いものであり、生活に欠かせないものであったのかもしれません。
 このことから、「早い」という意味を「早」で表わそうとしたのではないかと思っています。

 なお、「早」の下の部分の「十」のように見える字形は、ゴチャゴチャしたトゲの部分を省略した結果だろうと思います。

・・・と、ここまで書いておいて話を商(殷)の時代に戻します。

 実は、『小學堂』にある「早」の一番古い字形は、商(殷)の時代の甲骨文字で、今回わたしが成り立ちの説明に使った文字はその後の時代・戦国時代の字形です。
 商(殷)の時代の甲骨文字は著作権の都合でここには表わせませんが、木の上部が上に向かってゆらゆらと登っていくような字形にみえます。おそらく、なんらかの成長途中の状態だろうと思います。その状態から「まだ大きくなっていない」「大きくなる前の状態」をもって「早い」という意味を表わそうとされたのかなと推察しています。また、商(殷)代の後半には、「口」のようなものが付け加えられていますので、何かの中から何かが立ち上っている状態を示し、同様の「早い」という意味を表わそうとされたのかもしれませんが、それが後に却下され、現在の「早」の元となる字形に改められたように思っています。

 いずれにしても、わたしには「早」が「匙(さじ)」には見えませんでした。

*参考資料
『Wikipediaークヌギ』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%8C%E3%82%AE
『小學堂字形演變󠄀』
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=390




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