読み:けんけんしせい
意味:賢人に接したときは見習って自分もそのような人になりたいと思うこと。
出典:『論語』<里仁 第四>
解説①:
この四字熟語が含まれている書き下し文と現代語訳をみてみます。
*『論語』加地伸行氏より。
<書き下し文>
子(し)曰(いわ)く、賢(けん)を見ては、斉(ひと)しからんことを思い、不賢(ふけん)を見ては、内(うち)に自(みずか)ら省(かえり)みるなり。
<現代語訳>
老先生の教え。賢者(けんじゃ)の言動を知ると、自分もそうなりたいと願い、愚者(ぐしゃ)のそれを知ると、自分はそうあってはならないと反省する。
解説②:
この四字熟語には大きく二つのポイントがあります。
まず一つ目は、賢人あるいは賢者とはいったいどんな人のことを言うのか、ということです。賢という漢字は常用漢字ですので、小学校で習うことはないと思いますが、「かしこい(賢い)」という言葉は耳にすると思います。
『明鏡国語辞典 第二版』では次のように定義されています。
かしこい(賢い)
①知能・分別などが優れているさま。頭が良い。
②(感心はしかねるが)知恵がよく回るさま。抜け目がない。
このように、いわゆる”日本語”では「賢い=頭がいい」という意味がまず思い浮かび、②のようにどちらかというとややマイナスのイメージもあります。
しかし、この四字熟語で意味する「賢」「賢人(者)」はそういう意味ではありません。
・徳のあるすぐれた人物
のことを意味しています。”徳の(が)ある”とは、
・人としての正しい心を身につけた人
のことを言いますから、
・人としての正しい心を身につけた、すぐれた人物
ということになります。
解説③:
この四字熟語のもうひとつのポイントは、
a)賢人(者)に接したときに、自分もそうなりたいと願う。
b)不賢(ふけん、徳のない人)に接したときに、自分もそうなってはいないかと反省する。
というときの後半部分(黄色のマーカー部分)です。
では、わたしたちはどうなりがちなのかというと、
a)羨(うらや)んだり妬(ねた)んだり、自分には無理だとあきらめる。
b)相手を下に見て、バカにしたり、あざ笑ったり、責めたりする。
ということがよくあると思います。
難しいことだとは思いますが、そういったこと・人に接するたびに、それをきっかけにして、自分自身を振り返り、少しでも自分を良くしていくことが大切なように思います。
解説④:
「見賢思斉」の「斉」を「ひとしい(斉しい)」と読んでいますが、一般的に「ひとしい」は「等しい」と書くと思います。
子どもたちは学校で「等」を先に習い「斉」はそのあとに習いますが、古い時代の中国では「斉」が先に作られて「等」が後にできました。
「斉」の一番古い(と思われる)字形は殷の時代(紀元前1600年頃~紀元前1046年)の甲骨文にもありますが、「等」は戦国時代(紀元前403年~紀元前221年)になって作られたようです。
孔子(紀元前552/551年~紀元前479年)は戦国時代の前の春秋時代(紀元前770年頃~紀元前403年)に生きた人ですから「斉」という漢字が使われていたのだと思います。
子どもたちに「等しい」「斉しい」の違いや使い分けを細かく説明する必要はないと思いますが、もし質問された場合は、前述の流れを伝えるほか、「等」は「ひとしい」という意味の他に順序や等級を表わす意識がある漢字であることを伝えるといいと思います。
一方、「斉」の場合は「ひとしい(等しい、斉しい)」という訓読みでの違いや使い分けを説明するよりは、「一斉にスタートする」「国歌斉唱」などといった熟語を紹介する程度でいいと思います。
「等」は「ひとしい(等しい)」と訓読みするほか、一等賞(いっとうしょう)のように「トウ」と音読みしますが、「など」は常用漢字表の読みにはなく、慣用的な読み方のため、「・・・等」「・・・等々」は正式には「・・・トウ」「・・・トウトウ」と読むんだそうです。
*「賢」の成り立ちについては、出直し!漢字学習のコーナーで改めて解説します。
以上です。
参考資料:
『論語』加地伸行、講談社 *講談社学術文庫
「里仁第四 17 子曰見賢思齊焉章」『Web漢文大系』藤川全祐
https://kanbun.info/keibu/rongo0417.html
『小學堂|字形演變󠄀』<齊(斉)>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=3758
『小學堂|字形演變󠄀』<等>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=2737
『コトバンクー徳ー』
https://kotobank.jp/word/%E5%BE%B3-104641#goog_rewarded

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