先義後利

読み:せんぎこうり

意味:まず、人としての道義を第一に考えて、利益は二の次にすること。

出典:『孟子(もうし)』<梁(りょう)恵王章句・上>

解説①:
 この四字熟語は<梁恵王章句・上>凡(およ)そ7章あるうちの第1章から作られました。
以下、その第1章の訳文の要約です。*『孟子(上)』小林勝人訳注、岩波文庫より

梁恵王:
「先生には千里もある道をいとわず、はるばるとお越しくださったからには、わが国に利益をば与えてくださろうとのお考えでしょうな。」
孟 子:
「王様は、どうしてそう利益、利益とばかり口になさるのです。[国を治めるのに]大事なのは、ただ仁義だけです。もしも、王様はどうしたら自分の国に利益になるのか、大夫(たいふ)*⑴は大夫でどうしたら自分の家に利益になるのか、役人や庶民もまたどうしたら自分の身に利益になるのかとばかりいって、上のものも下のものも、だれもが利益を貪(むさぼ)りとることだけしか考えなければ、国家は必ず滅亡してしまいましょう。万乗(ばんじょう)の国*⑵で千乗の領地をもらい、千乗の国で百乗の領地をもらうのは、決して少なくはない厚禄です。それなのに十分の一では満足せず、その君を弑(あや)めて*⑶までも[全部を]奪いとろうとするのは、仁義を無視して利益を第一に考えているからなのです。昔から仁に志すもので親をすてさったものは一人もいないし、義をわきまえたもので主君をないがしろにしたものは一人もございません。だから、王様、どうかこれからはただ仁義だけをおっしゃってください。」
*⑴大夫(たいふ)とは王様などの上の者に仕える家来(けらい)の身分のひとつ。
*⑵戦時、戦車一万台を用意できる国のことを言い、国の大きさや力を表しています。
*⑶身分の下の者が上の者を殺すことを意味する漢字です。普通は弑󠄀(しい)すると読みます。

解説②:
 この四字熟語を教えていると、おそらく「義」とは何か?という疑問が出てくると思います。『新漢語林 第二版』によると、
1)良い。正しい。道理にかなっている。ものの処置・対応が適切である。態度・行動が礼にかなっている。
2)のり。みち。ひとの踏み行うべき正しい道。公正でそうあるべき道理。特に、儒教における五常(仁・義・礼・智・信)の一つ。
3)人道・公共のために尽くすこと。名誉や利益をはなれて正しい道に従うこと。また、他人のために自己を犠牲にすること。
 などといった意味となるようです。

 そして、金谷治氏の著書『孟子』によると、「義」とは、

人と人との交わりのうえで、現実の差別のすがたに応じて、それに適合した態度を決定する徳

のことだとしています。「徳」とは、正しい・立派な・善い・優れた人格・本性を備えていることと理解していいと思います。

解説③:
 解説①の文中に、「義」ではなく、「仁義」という言葉が出てきます。「仁」という言葉は孔子が唱えた言葉で、儒教の中でもっとも重要な概念だとされています。
 簡単に説明はできませんが、あえて説明すると、「人と人とが接するときに大切にしなければならない心」ということだろうと思います。それは、思いやりの心であったり、愛する心であったり、親しむ心であったりします。そして、その「心」は、両親や兄弟といった身近な存在である家族に対するものとして、それを他にも及ぼすといった普遍的な心のあり方だろうと理解しています。
 そして、その「仁」を実践するさい、「現実の差別のすがたに応じてそれに適合した態度をとる」という「義」を添えて、「仁義」という言葉で、孔子の思想を実践しようとしました。

解説④:
 この四字熟語は戦国時代が背景となっています。おおよそ紀元前400年頃から200年ぐらいのあいだの時代です。この前の時代を春秋時代と言いますがその時代は世襲的な身分制度でした。それが、経済の発展、生産力の増大などによって、耕地と農民を有する地主勢力が新しく勃興してきて、古い世襲的な身分のわくを突き破ろうとする下からの強い力、いわゆる、下剋上の動きが出てきた時代が戦国時代です。
 そのような社会の変動が激しい中、諸侯たちは知識や知恵をもった孟子のような知識人に頼っていましたが、孟子の説く道徳政治は、当時の状況から考えてあまりにも理想主義的でした。そのため、受け容れられることに難しい面もありましたが、それでも孟子は、当時の混乱した世界に統一的な秩序をもたらすには、道徳主義に徹することだけが唯一の道だと考えていました。そして諸侯たちの当面の関心といかに対立しようとも、その理想を貫き通すことこそが現実に対応する最も正しい立場だと確信していて、世俗の現実主義に対して敢然たる戦いをいどみました。

 このような背景のもとで、この四字熟語が生まれました。

解説⑤:
 「後利」は、「利益を二の次」という意味だとしていますが、「利益をあげなくてもいい」ということではなく、「義」をもっとも大切にしていれば、利益はあとからついてくるということです。

解説⑥:
 「義」の成り立ちについては、「出直し!漢字学習」の「義」で考察します。のちほど、リンクを張りますので、そちらをご覧ください。

*参考資料:
『孟子』金谷 治、岩波書店 *岩波新書(青版)
『孟子(上)』小林勝人、岩波書店 *岩波文庫





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