「割」と「害」、カブトガニとヒツジ

 以前、四字熟語「割鶏牛刀」の「割」について調べ始めましたが、「割」の左側「害」の成り立ちについて問題があることがわかりました。『Wiktionaryー害ー』によると、

”字形の由来は不明。数多くの説が存在したが定説はない。さらに、根拠としていた金文の文字が「害」ではないことが近年明らかにされたため、これらの説は現在では無効となっている。”

とのことでした。そのため、しばらく調べることを見合わせていましたが、今回、意を決して<苦笑>、調べることにしました。

 成り立ちの解説に入る前に「割」と「害」の意味を確認しておきたいと思います。今回はいくつかの辞典を参考に基本的な意味だけにしています。

「割」:
①わる(割る)。分ける。さく(割く)。
②たつ(断つ)。断ち切る。切り取る。

「害」:
①そこなう(損なう)。傷つける。こわす(壊す)。
②さまたげる(妨げる)。
⑤わざわい(災い)。災難。

 それでは本題です。「害」の成り立ちにどんな説があるのか。いくつかの説を一覧してみます。

『漢字源 改訂第五版』
会意。「宀(かぶせる物)+口または古(あたま)」で、かぶせて邪魔をし進行をとめることを示す。
『新漢語林 第二版』
形声。宀+口+丯。音符の丯(カイ)は、刻みつけるの意味。宀は、おおうの意味。口は、いのりの言葉の意味。いのりの言葉を切り刻み、ふさぐさまから、わざわい・さまたげの意味を表す。
『角川新字源 改訂新版』
形声。宀と、口(くち)と、音符丯(カイ)とから成る。きずつける意を表す。
『常用字解』白川静
会意。もとの字は害(三本の横線の最初の線は右から左への斜め線)に作り、把手(とって)のついた大きな針と口とを組み合わせた形。口は「くち」ではなく、もとの形はサイで、神への祈りの文である祝詞(のりと)を入れる器の形である。
『漢語多功能字庫』*諸説掲載されているため、箇条書きにまとめました。翻訳はDeepLです。
ア)下部に器、上部に蓋があり、器と蓋が合わさった形。
イ)矛の先端の形。
ウ)刀で削り取られた模型。

 以上の諸説は金文と呼ばれる字形を元にしたもので、次のような字形です。

この金文の字形が「害」の一番古い(と思われる)とされているようなんですが、『漢語多功能字庫』の「害」の解説に興味深い記述がありました。それは、「茻(艸)」と「害」を組み合わせて一字とした字形があり、それは金文よりも古い時代の、甲骨文字として現れているそうです。それが次の字形です。

確かによく似ていると思います。しかし、わたしが注目したのは字形が似ているかどうかではなく、その意味にあります。
『漢字辞典オンライン』によると、
「艹󠄀+害」:音読みは、カツ・ゲチ。意味は、草の名。紫蘇(しそ)。
とのことです。*「艹󠄀+害」を一字とする漢字はスマホやパソコンで表示されないことがありますので、あえてこういう表示にしています。

 この”紫蘇”という意味を手がかりに、ここからは、不明とされている「害」の成り立ちについてのわたしのいつもの勝手な推論です。

 結論から言うと、「害」の上部はカブトガニの形を象ったものだと推察しています。

ではなぜこのカブトガニと紫蘇に関係があるのかですが、『Wikipedia』にそれぞれ次のような記述がありました。

”「紫蘇」は伝説で若者が蟹による食中毒を起こし死にかけた時に、シソの薬草を煎じて飲ませたところ回復したことから、紫の蘇る草の意味でついた。もしくは、蟹を食べて食中毒になり死にかけた子供に、紫のシソの葉を食べさせたところ蘇ったため、この草を「紫蘇」と呼ぶようになったとも伝えられている。”

 そして、カブトガニについてです。

”中国やタイ等の東南アジアの一部の地域では、特に卵をもつカブトガニ類のメスが食用にされている。中国福建省では「鱟」(ハウ)と呼び、卵や肉などを鶏卵と共に炒めて食べることが行われている。
~~中略~~
 ただし、外観が似ているマルオカブトガニなど一部の近縁種は、時期によってフグの毒として知られるテトロドトキシンを持っており、食用には適さない。上記地域では食中毒事件がしばしば発生している。”
*なお、カブトガニは「カニ」と名づけられていますが、分類上は甲殻類の「蟹(かに)」の仲間ではありません。しかし、当時はそういった分類はされていかなったと思います。

 以上の解説から、

は、周りの「茻」が草を表わし、真ん中の上の部分がカブトガニで、下の部分が器を表わしてるのではないかと推察しました。そして、毒消しの効果がある草「紫蘇(しそ)」を表わそうとしたのではないかと考えました。

 しかし、時代が進む中、カブトガニがあまり一般的ではなかったためでしょうか、字形から意味を類推することが難しくなっていったのではないかと考えています。そして次の時代になると、字形が大きく変わってしまいます。

 では、どのように変わっていったのかですが、「害」の金文と、そのあとの時代のものと思われる戦国文字を並べてみてみます。*どちらも『漢字源流|中華語文知識庫』より。

二番目の字形はどのような成り立ちなのか、これだけではっきりしませんが、「割」の同時代の字形にヒントとなる字形がありました。それが次の字形です。

右側は「刂(刀)」あるいは「刃?」です。そして左が「害」に当たる字形で、真ん中の字形は「羊(ひつじ)」に見えます。つまり、カブトガニから羊に置き換わったように思えます。
 羊は古くから家畜として身近な動物であり、また祭祀の生け贄としても用いられていたことが置き換えられた理由のように思います。そう考えると、羊が生け贄として供えられている様を「害」で表わそうとしたのかもしれません。

 そして、時代が進む中で羊の角に当たる部分が上の屋根のような形と同化してしてしまい、「丯」に置き換わってしまったと推察しています。そして、最終的に今の字形の組み合わせに落ちついたと考えています。

 以上の流れを整理すると、次のようになります。

1)「害」はカブトガニと器を象った字形だった。
2)時代の流れの中で、カブトガニが羊に置き換わった。
3)羊の角(つの)の部分が取れて、「丯」に置き換わった。
4)最終的に「宀󠄀」+「丯」+「口」という組み合わせになった。

 以上のような勝手な推論も、今後、字形の発見や、AIなどによる解析が行なわれることによって、笑い話となる可能性が高いとは思いましたが、あえて備忘録として残しておきたいと思います。

 以上で「害」の成り立ちに関する解説を終わります。

 最後に付け足しのようになってしまいますが、「割」と「害」、「艹󠄀+害」と「害」の関係についての私見を記しておきたいと思います。
 一般的にはまず「害」の元となる字形が作られ、その後、「害」に「刀」が添えられて「割」という字形が作られたと考えるかと思います。しかし、逆も考えられると思います。つまり、先に「割」の古い字形が作られて、そのあと「害」を切り離して一字としたということもありかと思います。
 先にも示したように、「害」の一番古い(と思われる)甲骨文字は「艹󠄀+害」という字形に含まれていました。この「艹󠄀+害」から「害」を切り離して一字としたのかもしれません。
 そう考えると、「害」は二つの系統、つまり、「艹󠄀+害」と「割」

からそれぞれ切り離され、時代の流れの中で、合流?したとも考えられます。

 今後の、専門家や研究者の方々の解析を楽しみに待ちたいと思います。

 以上です。

*参考資料
『Wiktionaryー害ー』
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%B3
『小學堂|字形演變󠄀』<害>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=1603
『小學堂|字形演變󠄀』<「艹󠄀+害」>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=46115
『漢字辞典オンライン』<「艹󠄀+害」>、ジテンオン
https://kanji.jitenon.jp/kanjiy/28712
『漢語多功能字庫』<害>
https://humanum.arts.cuhk.edu.hk/Lexis/lexi-mf/search.php?word=%E5%AE%B3
『Wikipediaーシソー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%BD
『Wikipediaーカブトガニー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%96%E3%83%88%E3%82%AC%E3%83%8B
『「害」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/18853493.html
『「割」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/18819951.html



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