「蔽」と「㡀」「敝󠄁」「幣」

 四字熟語「六言六蔽」の「蔽」について調べてみました。

 「六言六蔽(りくげんのりくへい)」という四字熟語では「蔽」は「おおう(覆う)、かくす(隠す)、さえぎる(遮る)」といった意味で用いられていますが、「蔽」に含まれる「敝󠄁」の成り立ちに疑問が生じましたので、わたしなりのいつもの勝手な推論を加えながら、その成り立ちを探っていきたいと思います。

 まず、「蔽」の組み合わせをみてみます。
「艹󠄀」+「敝󠄁」
 「艹󠄀」は「艸(ソウ、草の原字)」が漢字の一部として形が変化したもので「くさかんむり」と呼ばれ、草の種類や草に関連する意味を表わしています。
 問題なのは「敝󠄁」です。この字形を単純に分けると、
「㡀」+「攵󠄀」
になります。「攵󠄀」は「ぼくづくり、ぼくにょう」と呼ばれ、打つ・たたくなどの動作、また、強制する意味などを表わします。主に漢字の右側に置かれると思います。「攵󠄀」は「攴」とも書かれ、「攵󠄀」は「のぶん」、「攴」は「とまた」と言ったりします。
 一方、「㡀」は「ヘイ」と音読みし、『『漢字源 改訂第五版』では次のように解説されています。

”衣服が破れる。破れてぼろぼろになる。[同義語]敝・弊。
会意。「巾(ぬの)+八(左右に分ける)+八」。布を左右に裂くことを示す。敝・弊の原字。”

 つまり、「㡀」は「巾(ぬの)」と「八」との組み合わせによって作られ、そのあとに「㡀」に「攵」が組み合わさって「敝󠄁」が作られたという流れであるというふうに理解されます。
 しかし、わたしが調べたかぎりでは「敝󠄁」の甲骨文字はありましたが、単漢字としての「㡀」の甲骨文字を見つけることができませんでした。
 そこで、「敝󠄁」の一番古い(と思われる)字形を二つ見てみます。
*『小學堂|字形演變󠄀』からお借りしています。

どちらも右側に「攵󠄀」と思われる字形があります。手に棒のようなものを持っている形のようです。左側も二番目の字形は「巾」であることがわかります。
 問題なのは、最初の字形の「巾」には周りに点のようにも見える短い縦線がありますが、二番目の字形にはありません。『漢字源 改訂第五版』では最初の字形をもとに、短い縦線のようなものは「八、左右に分ける」と考えられていますが、わたしは違った見方をしています。
 それは、もしかしたら短い縦線のようなものは”水、水滴、水分”といった水に関するものを表わしていて、「巾」が”濡れている、あるいは水分を含んでいる”状態を表わしているのではないかと考えました。
 そう考えると、「敝󠄁」は
”擣󠄀衣(トウイ)あるいは打衣(ダイ)”
を表わしているように思えます。
 擣󠄀衣とは、”布帛をしなやかにし、つやを出すために、きぬたにのせて槌でうつこと。”と『精選版 日本国語大辞典』にあります。
 きぬた(砧)は『Wikipedia』によると、”厚布を棒に巻き付け、その上に織物の表を内側にして巻き付け、さらに外側を厚手の綿布で包み、これを木の台に乗せ、平均するように槌(つち)で打つのである。”とのことでした。
 つまり、「敝󠄁」の左側が「槌(つち)」で、左側が水分を含んだ状態の織物のように見えます。
 そしてその織物はおそらく”絹織物”のことではないかと思います。
 絹(きぬ)は蚕(かいこ)の繭(まゆ)から作られますが、その繭には繭を固めるためのセリシンという接着剤のような成分が含まれているそうです。その成分を取り除かないと、手で触ったときに粗く、堅めに感じるそうです。そのため、その布を打つ、あるいは叩いてその成分の一部を取り除くことによって、柔らかくなり艶(つや)も出るようです。
 古代中国における絹織物の歴史と価値について書かれてあるものがありましたので、一部引用します。

”絹織物の歴史は、新石器時代に入って中国で発生をみた。養蚕・製糸とともに、製織技術は、すでに殷(いん)代に高度の段階に達し、紋織物さえも織られている。これが漢代になると、経糸(たていと)を使って模様を表す経錦(たてにしき/けいきん)が製織されるに至り、古代中国の絹織技術は最高に達した。製品は、シルク・ロードと海路を通して西方世界に運ばれ、西方世界・ローマ帝国において、その品質は賞賛され、金貨と同じ重量で取引されたといわれる。”『小学館日本大百科全書(ニッポニカ)』

 このことから、絹織物は貨幣と同じように扱われていたと言えるかもしれません。

 そこで、貨幣(かへい)の「幣」の意味を『漢字源 改訂第五版』で確認してみると、
①神前にささげる布。
②天子や客に差し出す贈り物。
③たから。大切なもの。
④ぜに。昔、通貨の役をした布。▽漢代以後、銅銭が通貨として普及したのちも、通貨を「幣」といった。
とのことです。

 以上の点を考え合わせた結果、実は「敝󠄁」が「幣」の元の漢字で、「敝󠄁」に「巾」を加えることによって意味を特定しようと考えられたのではないかと推察しています。
 そして、時代とともに、布を打つ・叩くといった行為が本来の、布を柔らかくして艶を出すという行為ではなく、”やぶれる(破れる)、ぼろぼろになる”といった意味に使われるようになっていき、「敝󠄁」から「㡀」を抜き出して、その意味に当てられたのではないかと推察しています。

 最後に、わたしの勝手な推論を結論として箇条書きにまとめてみたいと思います。

・題名に挙げている「蔽、㡀、敝󠄁、幣」の中で、元になっている字形は「敝󠄁」。
・「敝󠄁」は絹織物を仕上げる工程で行われる様子を表わしている。
・「敝󠄁」に織物あるいは布という意味を特定する「巾」を付して「幣」が作られた。
・「蔽」は、草と布(織物)との組み合わせで”覆う、隠す”といった意味が当てられた。
・絹織物を仕上げる工程で行われる”打つ・叩く”といった行為が、”やぶれる(破れる)、ぼろぼろになる”といった意味に変化した。
・元々の意味は「幣」だけになってしまい、「敝󠄁」が含まれる漢字の多くは”やぶれる(破れる)、ぼろぼろになる”という意味が含まれている。

 以上です。 

*参考資料
『「幣」のはなし:かんじのはなし』yumemivision
https://yumemivision.blog.jp/archives/26406493.html
『蚕糸史話序説』一般財団法人大日本蚕糸会、2017年
https://silk.or.jp/wp-content/uploads/9f85f61fe3bbfd493b9ec089740cec43.pdf#view=Fit
『絹織物』角山幸洋、『小学館日本大百科全書(ニッポニカ)』コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E7%B5%B9%E7%B9%94%E7%89%A9-51247

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