「剣」について

 四字熟語「売剣買牛」の「剣」について調べてみました。
 調べる前は簡単に考えていましたが、調べれば調べるほど、成り立ちに疑問が生じて、すっきりしません。
 そのため、最初に一般的な解説を紹介し、その後にわたしの勝手な推論を書いてみたいと思います。

 では、まず、一般的な解説から。

「剣」は音読みで「ケン」、訓読みは「つるぎ」です。剣道という言葉からもわかるように刀の一種を意味しますが、元々は両刃の刀で、先が尖(とが)ったものだったようです。

 ここで「剣」の歴史的背景を引用・紹介します。
 ”発見されている最古の剣は、商(殷・紀元前1600〜紀元前1046年頃)に作られた青銅製の剣で、両刃の剣身が約35cmの短い直剣でした。”

 ”紀元前17世紀から紀元前11世紀まで続いた中国古代王朝の商(殷とも呼ばれる)の時代には、すでに青銅を使った武器の生産が始まっていました。しかし、この頃はまだ刀剣を作るための貴重な資源が十分に確保できず、また硬くて薄い刃を生産するための技術力も伴っていなかったため、安定した生産ができませんでした。
 そのあと、春秋時代(紀元前770~紀元前403年)末期になると、湖や森林が多い南方の呉(現在の蘇州)や越(現在の江蘇省)、楚(現在の湖北省)といった資源が豊かな国において刀剣が多く作られ、鋳造技術の発展によって大量生産が行なわれるようになりました。”

 ”春秋時代から漢(紀元前202~220年)までは、武器は剣が主流とされていましたが、漢の時代に騎兵が発達したことにより、次代の三国時代(220~265年)になると、斬ることを目的とした直刀が流行しました。”

 ”漢(紀元前206〜220年)以降は軍隊で使用する武器の主流は刀に移行していったため、次第に剣は戦場から姿を消すことに。その後、剣は儀式や武術で用いられるようになり、政府の官僚たちが儀杖用の剣を身に付ける風習が残りました。”

 ”中国ではほとんどの武器に対して、特別な意味や価値を見出すことはありませんでした。ただし、剣は「宝剣」と呼ばれていたように、皇帝の権力を象徴する物として刀などの他の武器とは差別化されていたようです。”
*以上、『刀剣の専門サイト「刀剣ワールド」』より

 「剣」についての基本的なことがわかりましたので、これから「剣」という漢字について説明していきます。
 まず、「剣」の組み合わせですが、一般的な分け方は、
「㑒[僉](セン)」+刂[刀](りっとう)[トウ、かたな]
になります。「刂」は「刀」を部首として漢字の右側に書くときに変化させたもので、刀の種類・性質・働きなどを表わします。
 問題なのはやはり「㑒[僉]」です。「㑒」の元は「僉」で、簡略化されたものという理解でいいと思います。ですので、成り立ちを説明するときは「僉」が元になります。
 「僉」の組み合わせは大きく分けて二通りの見方があるようですが、どちらが正しいのかはわかりませんでした。とりあえず、その二つを紹介します。
ア)「亼(シュウ、集める)+「吅(ケン、多くの人の口。ことば)」+「从(ジュウ、したがう)」
イ)「亼」+「兄」+「兄」
 「亼」は漢字の構成要素として使われる字形のようです。この字形にも異なった説があるようですが、説明が長くなりますので、とりあえず、「集」「合」が元となった字形ということにしておきます。詳細は最後の参考資料に付しておきます。
 「吅」もいろいろな説があるようですので、ここではアに従って説明します。この字形は「喧(ケン、やかましい)」と異体字の関係と見られています。「亼」と同様で、漢字の構成要素として使われています。
 「从」は「従」の旧字体「從󠄀」に含まれている右上の字形で、「從󠄀」の元々の字形だったようです。

 長くなってしまいましたが、「僉」の成り立ちについてでした。

 次に「僉」の意味ですが、わたしが調べた限りでは、

みな(皆)。とも(共)に。すべて。ことごとく。

といった意味が与えられているようです。ただ、『角川新字源 改訂新版』には「からざお(唐棹)。刈り取った穀物の穂を打って、脱穀するさお(棹)。」という意味もありました。なぜなのかはわかりませんでしたが、わたしの勝手な推察では、唐棹を使った脱穀作業はかなりの重労働だったため、みんなで行うという意味か、あるいはその様子を象ったものと考えられたのかもしれません。

 以上が「剣」に含まれる「僉」の成り立ちと意味の一般的な解説ですが、ではなぜ、「㑒(僉)」+「刂(刀)」で「つるぎ(剣)」という意味が与えられたのか、納得できませんでした。

 それで、改めて「剣」の一番古い(と思われる)字形のひとつを見てみると、

「㑒(僉)」+「刂(刀)」ではなく、
「金」+「僉」
という組み合わせだったようです。『漢語多功能字庫』によると、

”「剣」は金文では「鐱」と書き、「金」を部首とし、「僉」を声部とする。小篆では「劒」と書く。「鐱」は「剣」の初文であり、本来の意味は古代の兵器で、両面に刃があり、中央に背があり、柄が短いものである。金文では本義として用いられている。”*DeepLによる翻訳

と解説されています。また、「僉」についても、

”金文の「僉」は春秋・戦国時代の剣器に見られ、あくまで「鐱」(後の「剣」の字)としてのみ用いられている。例えば、戉王州句剣には「戉(越)王州句自乍(作)用僉」とある。剣器上の「僉」の字は芸術体であるため、この字体のみから信頼できる構形分析を行うことは難しい。”*DeepLによる翻訳

という記述もありました。
 なお、白川静氏の『字統』の「僉」の解説にも、
”金文に剣銘の剣を僉に作っており、古く剣の声であったのであろう。”
とありました。『字統<普及版>』p522.

 この引用文中に”芸術体”とありますが、これはおそらく鳥蟲書(ちょうちゅうしょ)のことだと思います。髙木光氏によると、

 ”鳥蟲書は春秋・戦国時代の中国大陸で発生した書体で、「列国金文書体」と呼ばれる書体群の一つである。主に青銅礼器の銘文に使われている。鳥や竜などの絵が文字の一部に組み込まれていたり、字画を強く変形して紋様のように象ったりした、極めて装飾的な書体である。”

とのことです。

 では、「僉」はどのように書かれているのかを見てみます。

*これは『Wiktionaryー僉ー』からお借りしています。

 確かに、この字形と「僉」がどう結びつくのかわかりませんが、ひとつ言えることがあります。それは、この字形は戦国時代のものと考えられていますが、「剣」の初文と言われる「鐱」の一番古い(と思われる)字形は戦国時代前の春秋時代のものと考えられています。そうすると、「僉」そのものの字形は同じ時代かそれよりも前に作られていたとも考えられ、単に古い字形が発見されていないだけなのかもしれません。

 そこで、ここからは、わたしの、全く勝手な推論です。

「僉」の組み合わせは、もしかしたら、
「合」あるいは「亼」+「刀」+「刀」
だったのかもしれません。ではなぜそう考えるのかですが、「刀」と「人」の一番古い(と思われる)字形がよく似ているためです。以下に、刀と人の古い字形を順に示します。

 最初に示した「剣」に関することとして「両刃の刀=剣」であることから、「刀」を二つ描いたのではないか。そして、それは二本の刀ではないということを表わすため、「合」「亼」という字形を加えているのではないかと考えました。

 また、「剣」には、もうひとつ古い字形があります。

 これは『漢字源流|中華語文知識庫』からお借りしたものですが、それによると、
「立」+「刃」
であるとされています。しかし、わたしは、
「王」+「刃」
のように解釈したほうが、つじつまが合うように思えます。ちなみに、「王」の一番古い(と思われる)甲骨文字は、

です。ですので、先に示した「劍」の古い字形が実は甲骨文字の時代のものと推定されれば、「王+刃」という説が成立することになります。

 もし、そうであるとすれば「剣」には新たな組み合わせが考えられ、元々「僉=剣」だったものが、「僉=みな(皆)。とも(共)に。すべて。ことごとく。」という意味に用いられるようになったため、「つるぎ」には「刂(刀)」を付け加えて「剣(劍)」という字形に落ちついたのかもしれません。

 『Wiktionaryー僉ー』の字源解説によると、

”形の由来には多種多様な仮説があり定説はない。”

とありますので、わたしの勝手な推論はすでに仮説としてあるのかもしれませんが、わたしが調べたかぎりでは見つけることができませんでしたので、わたしの勝手な推論として書かせていただきました。

 以上で、「剣」についてを終わります。

*参考資料
『中国最古の刀剣 中国剣を知るー古代から続く中国剣ー』刀剣ワールド、東建コーポレーション
https://www.touken-world.jp/tips/7439/
『中国の刀剣ー中国刀剣の歴史ー』刀剣ワールド、東建コーポレーション
https://www.touken-world.jp/tips/7433/
『 関与のしるしとしての鳥蟲書 青銅器銘文の記名における様式と「読みにくさ」』 髙城 光 、東京工芸大学芸術学部紀要 巻 29, p. 15-21, 発行日 2023-03-31、東京工芸大学学術リポジトリ
https://kougei.repo.nii.ac.jp/records/2180
『Wiktionaryー僉ー』
https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%83%89
『Wikipediaー越王勾践剣ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%8A%E7%8E%8B%E5%8B%BE%E8%B7%B5%E5%89%A3
『Wikipediaー鳥虫書ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E8%99%AB%E6%9B%B8
『刀剣の思想ー第11回 古代中国呉越の剣ー』酒井利信、全日本剣道連盟
https://www.kendo.or.jp/knowledge/books/tokenshiso_11/
『書と書家の雑談|私の心を掴む、トーテムのような戦国の鳥虫篆』大阪七絃琴館、X(エックス)
https://x.com/windson0707/status/2042333642480107604
*この記事の中に「越王州勾剣」に刻まれた、見事な鳥虫篆の画像があります。
『小學堂|字形演變󠄀』<劍>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=3772
『小學堂|字形演變󠄀』<僉>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=8481
『漢字源流|中華語文知識庫』<劍>
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E5%8A%8D
『漢語多功能字庫』<劍>
https://humanum.arts.cuhk.edu.hk/Lexis/lexi-mf/search.php?word=%E5%8A%8D
『漢語多功能字庫』<僉>
https://humanum.arts.cuhk.edu.hk/Lexis/lexi-mf/search.php?word=%E5%83%89
『漢語多功能字庫』<亼>
https://humanum.arts.cuhk.edu.hk/Lexis/lexi-mf/search.php?word=%E4%BA%BC
*DeepLで翻訳したものを一部付しておきます。
”詳解:甲骨文や金文において、「亼」が他の字の構成要素として用いられる場合、多くは「口」の別の書き方と見なすことができ、下向きに開いた「口」、すなわち「倒口」を表している。「倒口」という構成要素は、多くの漢字の構造や意味の解釈と深く関わっている。例えば、日常の飲食を表す「飲」「食」、息を吹き出して楽器を奏でる「今」「龠」、下に向かって話しかけたり命令を下したりする「命」「令」、さらには抽象的な言語や思想を表す「侖」「念」などである。このことから、「亼」という字は、極めて重要な構義部首であると言える。
 しかし、「亼」という部首(音は「口」、Unicode U+4EBC)は、古来より今日に至るまで、別の「𠓛」と書く部首(音は「集」、Unicode U+204DB)と混同されやすい。このような混同は、古代の『説文解字』においても、今日の『漢語大字典』においても、避けられないのである!
 「𠓛」は「入」と「一」から成るものであり、これは『説文解字』の「三合の形」を指すもので、本欄の冒頭で「倒口」と解説した「亼」とは、認識上、明確に区別しなければならない。字の形に関して言えば、「𠓛」の三本の画は比較的まっすぐであるのに対し、「亼」は下に向かって開いた口を表しているため、上下の唇を表す二本の画は比較的曲がっている。この点は、金文に見られる多くの関連する字形からもはっきりと確認できる。”
『DeepL』
https://www.deepl.com/ja/translator









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