四字熟語「寛仁大度」の「寛」について調べてみました。意外な成り立ちや字形の組み合わせに、正直なところ、はじめは間違いじゃないかと思いましたが、調べを進めるうちに、なぜそういう成り立ちや組み合わせになったのかがよくわかるようになっていきました。
その理解が深まっていく過程を、わたしのいつもの勝手な推論を織り交ぜながら、解説していきたいと思います。
では、まず「寛」の意味を確認します。今回は『新漢語林 第二版』を参考にしました。
①ひろ-い。
㋐家などが広い。
㋑心がゆったりしてゆとりがある。度量がゆたか。
㋒ゆる-やか。ゆるい。また、のびやか。おだやか。
②ゆるやかにする。ゆるめる。ゆるす。
③くつろ-ぐ。のんびりする。
次に「寛」の成り立ちについて見ていきますが、その場合、旧字体あるいは異体字が元になります。
「寬」=「宀」+「萈」
「宀(ベン、うかんむり)」は屋根の形を表わしたもので、屋根、家、建物などの外観の他、その空間や状態を表わす漢字に使われています。
「萈」は山羊(ヤギ)の象形文字と考えられています。音読みで「カン」。訓読みはありません。
「萈」の上部は「艹󠄀(艸、くさかんむり)」になっていますが、元の形は「艹」で「つの(角)」を意味する字形です。
そして「寬」は「中が広くてゆとりがあり、ヤギが自由に動ける大きい小屋」「小屋の中でゆったりしているヤギの様子」というふうに考えられています。ヤギを飼う場所ということで「宀」のことを「小屋」と書きましたが、「囲い」や「柵(さく)」のようなものかもしれません。
では、「萈」と「寬」それぞれの一番古い(と思われる)字形を見てみます。
*以下の3例は『小學堂|字形演變󠄀』からお借りしています。



これらの字形は「細い角(つの)がある山羊(ヤギ)」とされています。古い字形はこの甲骨文字3例のみで、あとは時代が進んで篆文(篆文)という字形の1例しかありませんでした。
次は「寬」です。一番古い(と思われる)字形は金文で、甲骨文字よりも後の時代になるかと思います。*これは『漢字源流|中華語文知識庫』からお借りしています。


先に示した甲骨文字のヤギはその形をそのまま表わしたような字形ですが、「宀」との組み合わせとして描かれているものは簡略化するためにヤギの特徴を表わした字形になっています。
その特徴ですが、ヤギの”目”にあります。

先に示した最初の字形がこの目をよく表わしていると、わたしは思いました。以下にその特徴に関する箇所を引用します。
”肉食獣への警戒で広い水平視野角を必要とすることから、瞳孔は水平に長く、頭を50度以上傾けても水平を保つようになっている。”*『Wikipediaーヤギー』より。
このように、瞳孔が水平に長いのは、ヤギだけではないようですが、牛や馬の場合は目全体が同じような色であるため、目立たないんだそうです。
もしかしたら、この目の特徴から”ヤギ”を表わそうとしたのかもしれません。
ではなぜ「寬」に、最初に示したような意味が与えられたのかについての勝手な推論です<苦笑>。唐突ですが、次の古い字形を見てください。

これは、「牢」という漢字の一番古い(と思われる)甲骨文字です。「宀」と「牛」との
組み合わせですが、「宀」の部分は屋根というより、囲いや柵のように見えます。「牢」の古い字形のほとんどは「牛」との組み合わせですが、中には「ヒツジ」と思われる字形もありました。

この字形と、先に示した「寬」の字形を比べると、この字形には「草(艸)」がありません。ですので、飼育されているというよりも閉じ込められているようなイメージが浮かびます。
「牢」には、「家畜を飼っておく所」という意味もありますが、神へお供えするための犠牲、生け贄(いけにえ)の意味や、罪人を閉じ込めておく所という意味があります。
一方、「寬」は先に示したように、「くつろぐ(寛ぐ)、広い、豊か」などといった良いイメージがある漢字です。そういったイメージを草で囲まれている様子で対照的に表わそうとしたのかもしれません。
「萈」の組み合わせを改めて見てみます。
徐鉉曰という人の解説によると、
「艹」+「目」+「儿󠄀」+「丶󠄀」
という組み合わせで、「艹」は角(つの)、「目」は頭、「儿󠄀」は足、「丶󠄀」は尾を表わしているそうです。*「艹」は本当は「艹+|」のような字形です。
では、なぜヤギを表わすのに、このような組み合わせになったのでしょうか。次の古い字形を見てください。

この字形は「羊」の一番古い(と思われる)甲骨文字です。特徴的なのは、角(つの)の形だけでその意味を表わしています。
では、ここで、「ヤギ」と「ヒツジ」の違いについて大まかにみてみます。
ヤギ:ウシ科→ヤギ亜目→ヤギ族→ヤギ属→ヤギ
ヒツジ:ウシ科→ヤギ亜目→ヤギ族→ヒツジ属→ヒツジ
こうして溯(さかのぼ)ってみると、一番最初は「ウシ(牛)」だったと考えることができます。その牛の一番古い(と思われる)字形は、

です。そして「ウシ」から「ヤギ」が分かれたことによって、

このような字形が作られたのだと推察しています。
上記の分類から、ヒツジはヤギから派生していった動物であるようです。元は同じ種でもあるようですから、古い時代には、ヤギもヒツジも上記の古い字形で表わされていたのではないでしょうか。そして、時代が進むにつれて、分けて表わす必要が生じたために、ヤギは「山羊」、ヒツジは「綿羊・緬羊」というふうに書き分けられるようになりましたが、次第にヒツジは「羊」とだけ書くようになったのだろうと思います。そして、家畜化されたヤギは「萈」という漢字で表わそうとしたのではないかと思っています。
同じ種であっても「ヤギ」と「ヒツジ」には性格的な違いがあるように思います。ヤギはどちらかというと野性的で動きが活発。岩や急な崖なども平気で移動するイメージがあります。そんなヤギが飼いならされて小屋にいるわけですから、「くつろいでいる」というふうにも見えます。また、活発であることから、ヒツジよりも「ひろい(広い)」敷地が必要です。そんな感じで意味が派生していったのではないかと思います。
成り立ちを説明するさい、どの時代・時期の字形を元にするかで違ってきますから、どれが正解ということではないと思いますが、このような流れがあったことを知っておくことで、寛の持つ意味を理解するときの助けになるように思います。
以上で、「寛」についての解説を終わりますが、補足として2点、書き添えておきます。
まず一つ目ですが、白川静氏は『字統』で全く異なる見方をされています。その真偽はわたしには判断できませんが、このような見方があることは知っておきたいと思います。以下引用です。
”「萈」:眉に呪飾を加えて祈る巫女(ふじょ)の形。その寛(ゆた)かな姿をいう。[説文]に「山羊、細角のものなり」と獣形とし、苜(てつ)声であるというが、声が合わず、その字形も山羊など獣の形とはみえない。この字に従うものに寬(寛)があり、それは廟中(びょうちゅう)で巫女が祈禱(きとう)しているさまをいう字である。その姿の寛綽(かんしゃく)としてゆるやかなさまを萈という。上部はその巫女の目に呪飾を加えている形で眉の初文。~~中略~~[説文]にいう山羊は羱(がん)。[爾雅、釈獣]に「羱は羊の如し」とあり、萈とは異なる字である。”
そしてもうひとつは現在の字形「寛」にある「莧」という漢字です。これは「ひゆ」と訓読みして、植物の一種です。
ヒユ科の植物であることは間違いないのですが、その種類はとても多く、どの植物のことを指しているのかまではわかりませんでしたが、「艹󠄀(艸)+見」という組み合わせをヒントにして、調べたところ、この成り立ちの元になりそうなものがありました。それは「ノゲイトウ」という植物です。これもヒユ科の植物で、生薬として用いられていたようで、次のような記述がありました。
”花のあとに黒色光沢のある種子が得られます。これは青葙子(セイソウシ、あるいはセイショウシ)の名で中国最古の薬の書物『神農本草経』に収録され、目の充血の消炎などに用いたとされます。”
*『季節の花(東京都薬用植物園)ーノゲイトウ(ヒユ科)-』東京生薬協会、より
このことから、「莧」という漢字が作られたのではないかと推察していますが、これはわたしの全くの勝手な推論です<苦笑>。
以上です。
*参考資料:
『小學堂|字形演變󠄀』<萈>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=45792
『字統 普及版』白川静、「萈」p126、「寛」p127
『漢字源流|中華語文知識庫』<寬>
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E5%AF%AC
『Wikipediaーヤギー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%82%AE
『ヤギの特徴的な目やヒツジとの違い、歴史などご紹介♪【ヤギの魅力①】』anicom you、アニコムホールディングス株式会社
https://mag.anicom-sompo.co.jp/10180
『Wikipediaーヒツジ属ー』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%84%E3%82%B8%E5%B1%9E
『コトバンクー六畜ー』
https://kotobank.jp/word/%E5%85%AD%E7%95%9C-657466
『漢字源流|中華語文知識庫』<牢>
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E7%89%A2
『小學堂|字形演變󠄀』<牢>
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=664
『季節の花(東京都薬用植物園)ーノゲイトウ(ヒユ科)-』公益社団法人東京生薬協会
https://www.tokyo-shoyaku.com/ohana.php?hana=171

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