「博学審問」という四字熟語の「博」と「審」について調べていたところ、「甫」の成り立ちについて改めて考えさせられました。また、「甫」を調べていると、「用」や「甬」、それに「圃」「同」との関係も興味深いことがわかりましたので、まとめて記録したいと思います。
なお、2023年8月に掲載した「甫」に関する記事は、思考の過程をたどるため、そのまま残しておきます。https://kanyousha.jp/re-study-kanji-4267/
最初に「甫」「圃」「用」「甬」「同」それぞれの成り立ちを5つの辞典で調べました。辞典の解説は短めにまとめています。また、辞典名は最初に5つ示したあとは、番号のみにしています。解説の都合上、古い字形は『Wiktionary』からお借りしています。
①『角川新字源 改訂新版』
②『新漢語林 第二版』
③『漢字源 改訂第五版』
④『字通』
⑤『Wiktionary』
まず、「甫」と「圃」をみてみます。
「甫」

①会意形声。用と父(フ)とから成る。男子の美称を表す。
②会意。甲骨文は、屮+田。屮は草の芽の意味。田は耕地の意味。金文から、用+父の形声文字に変化し、今日の甫の字形となった。
③会意。「屮(芽ばえ)+田」で、苗を育てる畑、つまり苗代なわしろのこと。平らに広がる意を含む。
④象形。苗木の根を立ててかこう形。甫は苗木の形で、植樹のはじめ、その植えるところを圃という。
⑤象形。甲骨文字では手に縄をかけた形で「捕(と)らえる」の表意字。従来は甲骨文字「屮田」が「甫」とされていたが、「圃」の表意字で別字である。
「圃」

①形声。囗と、音符・甫(フ、ホ)とから成る。菜園、ひいて、園芸・農夫の意を表す。
②形声。囗+甫。音符の甫(ホ)は、稲の苗を植えるの意味。苗を植えてある畑の意味を表す。
③会意兼形声。甫(ホ・フ)は、平らな苗床に苗の芽ばえた姿。圃は「囗(かこい)+(音符)甫」で、囲みの中を平らにならして苗の行き渡った畑。
④会意。囗(い)+甫(ほ)。甫は苗木。苗木を植え育てるところを圃という。果樹は園という。
⑤原字は会意文字、「屮」(草)+「田」。のち「囗」を加えて「圃」の字体となる。「はたけ」「菜園」を意味する漢語「圃」を表す字。楷書で「甫」に従うが、字源的には「甫」と無関係。
上記の「甫」と「圃」の成り立ちでわかったことは、次の3つの点です。
・「屮」(草)+「田」の組み合わせでできた漢字は「圃」に含まれる「甫」であること。
・時代が進み、「屮(草)または苗」が「父」に、「田」が「用」に置き換わり、「父+用=甫」になったこと。
・『Wiktionary』によると、「甫」の一番古い字形は「手に縄をかけた形」であること。
「手に縄をかけた形」という古い字形の提示は『Wiktionary』だけでしたので、それが正しいのかどうかまではわかりませんが、字形を眺めていると、わたしは納得できました。
「甫」の成り立ちの解説に、時代が進んで、「用」と「父」の組み合わせに変わったという記述がみられます。この点については、次の「用」のところでみてみます。
「用」

①象形。材木を組んで造った垣根(かきね)の形にかたどる。
②象形。金文でよくわかるように、甬鐘(ヨウショウ)という鐘の象形。用・甬は、本来、同一字であった可能性がある。
③会意。「(長方形の板)+(棒)」で、板に棒で穴をあけ、通すことで、貫(つらぬ)き通すはたらきをいう。
④象形。木を組んで作った柵の形。中に犠牲(ぎせい)をおく。用に持つ所をつけたのが甬で桶の初文である。
⑤象形。もと「同」の異体字で、把手(とって)の付いた筒や桶の類をかたどる。この文字の形について、鐘の形、棒状のものを差し込んださま、木の枠の形、木を組んだ柵の形、などと解釈する説があったが、いずれも誤った分析である。
①から⑤まで、成り立ちがそれぞれ違います。当初は、「どれがいったい正しいんだろう?」と、正しい答えを見つけようとあれこれ調べていましたが、結局わかりませんでした。そして、あるとき、ふと、こう思いました。「用」の持つ意味を文字で表そうとしたんだけれども、うまく表現できなかったため、当時の人たちですら混同していたのではないかと。そのため、現代に至っていろいろな解釈が生まれたのだろうと思います。
古代の中国の人になったつもりでみてみましたが、わたしもさっぱりわかりませんでした。
次の古い字形を見てください。

この古い字形は、殷(商)という時代の次の時代である西周・春秋時代に使われていた「甫」です。「用」の古い字形があることがわかるかと思います。明らかに、「甫」の一番古い字形とは異なっていることがわかるかと思います。「屮(草)または苗」が「父」に、そして、「田」が「用」になっています。これはなにか意図があってというよりは、字形が似ていたため、混同されたのではないかと思います。そして、その混同によって「甫」に新たな意味が加えられていったんじゃないかと思います。
次に「甬」を見ていきます。
「甬」

①象形。小型の鐘を上から吊(つる)した形にかたどる。
②象形。甬鐘(ヨウショウ)という筒形の柄のついた鐘の形にかたどり、その筒形の柄の意味を表す。③会意兼形声。「人+(音符)用(上下にとおす)」で、人が足で地面をとんと突(つ)くことを表した字。踊の原字である。
④象形。上部に掛けるところのある筒形の器、桶の初文。全体が象形の字である。甬は小鈴の象形。
⑤「用」の縦線に装飾的な筆画を加えて区別した異体字。
これも「用」と同じではっきりしませんでした。一番古い字形には見られませんが、時代が進むと、「用」の字形が使われています。

「用」と「甬」の成り立ちの解説には異なる部分が多いですが、一方、共通する部分もありました。それは、「筒(つつ)」の形をしているという見方です。「筒のような形をした何か」なんだろうと思います。
そして、最後になりますが、「同」についてです。『Wiktionary』によると、「用」は「同」の異体字であるとしています。要するに同じ漢字だということです。それを踏まえて「同」をみてみます。
「同」

①会意。口と、冃ぼう(おおう。𠔼は省略形)とから成り、多くの人を呼び集める、ひいて「ともに」、転じて「おなじ」などの意を表す。
②象形。甲骨文や金文でわかるように、上下二つのつつの象形で、同じ直径のつつが、あう・おなじの意味を表す。
③会意。「四角い板+口(あな)」で、板に穴をあけて突き通すことを示す。突き抜ければ通じ、通じれば一つになる。
④会意。卜文・金文の字形は、凡と口とに従う。凡は盤の形で、古く酒盃にも用いた器であろう。それは会同盟誓などのときに用いるものであるから「あつまる」意となり、和合・同一の意となる。
⑤原字は筒の形を象る象形文字で、無意味な装飾的筆画の「口」を加えて「同」の字体となる。「つつ」を意味する漢語「筒」を表す字。この文字を「凡」と関連付ける説があるが、誤った分析である。
この「同」の成り立ちにもいろいろと調べて考えましたが、結局わかりませんでした。諸説あってわたしにはどれが正しいのかわかりません。
仮にこの「同」も「筒の形をした何か」であるとしたら、立体的なものを平面で表そうとすると無理があるのかもしれません。
以上、「甫」の再考と、それに関係する「圃」「用」「甬」「同」について考えてみましたが、答えは見つからないまま深みにはまってしまった感じです。これ以上考えていても答えは出そうにありませんので、後ろ髪を引かれる思いで終わりたいと思います。
今回の考察でわかったことは、「成り立ちが不明な漢字がいろいろとある」ということでした。子どもたちに教えるときには、そのことも踏まえて、説明をしないといけないと思います。わかりやすい象形文字や会意文字で漢字に興味を持ってもらうことも大切ですが、漢字が持つ意味と使い方について興味を持ってもらうことも大切にしていきたいと思います。
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