「助長抜苗」に含まれる「苗」について調べていたところ、いくつか面白いことがわかりました。また、「描・画」の関連性についても考えましたので、備忘録として残しておこうと思います。
まず、「苗」の成り立ちと意味ですが、わたしが調べたかぎりではほとんど同じ解説でした。
「艸」+「田」
「艸」は、並び生えた草の象形で、「くさ」の意味を表しています。漢字の一部になるときは、「艹󠄀(くさかんむり)となり、草のいろいろな名称・状態、草で作るものなどに関する文字ができています。
「田」は、あぜ道で区切った耕作地の形の象形で、田畑の意味を表しています。
基本的に、「田」は田畑の意味と理解していいと思いますが、古代中国では、狩猟の場所という意味で「田」という漢字が使われていたようです。
また、「苗」には「血筋(ちすじ、血のつながり)、子孫」といった意味もありますが、ここでは、「田に生えた草=なえ」という理解でいいと思います。
なお、各辞典では「なえ」はまだ生え出たばかりの状態であることから、「か細い、弱々しい」といった表現が加えられている辞典もありました。
次に「猫」についてです。『漢語林』『漢字源』『角川新辞源』ともに、
「犬(犭)」+「苗」
という組み合わせになっています。「犬」はここでは「イヌ」ではなく、「獣(けもの)の類」という理解でいいと思います。ただ、猫の正字*は「貓」で、本来は、次のような組み合わせになると思います。*「正字とは、点画を略したり変えたりしない、正当とされている文字」『広辞苑』。
「豸(チ・タイ、むじなへん)」+「苗」
「豸」も、いろいろな種類の獣を表す漢字です。
では、なぜ、獣と苗の組み合わせで「ネコ」になったんでしょうか。上記の3つの辞典では「苗」を音符としていますが、『漢字源』では「苗=なよなよとして細い」とし、からだがしなやかで細いネコとしています。また、「苗」は音読みで「ビョウ」と読むことから、ネコの鳴き声「ミャオ」に近い音として「ネコ」を表しているとしています。
わたしも、ネコの鳴き声説に同意していたんですが、更に調べているうちに次のような資料が目に止まりました。引用すると長くなりますので、短くまとめました。
・現代中国において、「猫」はイエネコのことをさす。
・イエネコと思われる動物の存在は秦漢時代の文献では「狸」という字であらわされることが多い。
・「猫」と「狸」は混同されることが多々あった。
・「猫」字について、鼠はよく苗を食べてしまうが、猫はよく鼠をつかまえ、被害を防ぐ。そのため、「貓」の字ができたといい、「苗」が「猫」の鳴き声をあらわすことについては言及しない。
『ネコはいつから「猫」になったのか ―中国説話文献を中心に―』より。
気になって、「狸(たぬき)」という漢字を漢和辞典で調べたところ、なんと!『漢字源』『漢語林』では意味の第一に「ヤマネコ、ネコ科の哺乳類、野猫(ヤビョウ)、ネコ、飼い猫」などとあり、タヌキという意味は最後にあり、『新漢語林』では「日本ではタヌキ」と書いてありました。『角川新辞源』は第一が「タヌキ」で、「イヌ科の哺乳動物」となっていました。
以上のことをふまえると、「猫」という漢字は「苗を食い荒らすネズミから苗を守ってくれる動物」という意味で、「狸」が「猫」になったのかもしれません。そして、「狸」は「タヌキ」を表す漢字として使われるようになったのかもしれません。
今度は、「錨」です。「いかり」と読んで、「船を止めておくために水中にしずめる重り。」のことです。この漢字も「草の苗(なえ)」とではなく、「猫」との組み合わせでできている漢字だと思います。「錨」の異体字のひとつに「金(かねへん)」+「猫」という字形があります。そして、『日本大百科全書(ニッポニカ)「錨」の意味・わかりやすい解説』に次のような説明がありました。以下、引用です。
「昔は石を用いたので「碇」の字が使われたが、現在では鋳鉄や鍛鋼鉄製で、つめをもつ構造になっている。つめは、昔は木の枝が使われ、これに石が結び付けられたものを用いたので、猫石などといわれていたが、鉄になってから猫鉄となり、これが一字となって「錨」の字が生まれたといわれる。」
最後に、「描」について成り立ちと意味をみていきたいと思いますが、説明の都合上、「画」「描」の順で説明します。
まず、「画」の旧字体ですが、
「畫󠄀」
と書きます。上部は「聿(イツ、ふでづくり)」で、これをもとにして筆で書くことに関する文字ができています。この旧字体から「聿」を省略した字形が「画」です。
では、「画」の意味はというと、
①区切る。仕切る。分ける。境(さかい)をつける。
②えが-く。か-く。絵をかく。
③はか-る。はかりごと。
④漢字の点や線を数えることば。
です。では、「描」の意味はというと、
①えが―く。か―く。細かく手や筆を動かす。ある物の形の細かいところまで写しえがく。
というように、「画」の②と同じような意味があり、①③④の意味はありません。
「画」は異体字も多く、多くの意味に使われてきましたが、②だけの意味を持ち、更には「細かく」えがく、かく、という意味を持つ漢字が必要となり、筆を手にかえ、田を苗にかえて、「描」という漢字を造ったのではないかと思います。
*参考資料
大阪公立大学学術情報リポジトリ
https://omu.repo.nii.ac.jp/records/2000646
https://kotobank.jp/word/%E9%8C%A8-30058コトバンク「錨」
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