「読書尚友」という四字熟語にある「読」の成り立ちを確認しようと思い、調べ始めたところ、なにがなんだかわからなくなっていきました<苦笑>。今回もはっきりとした答えは見つかっていませんが、自分なりに納得できたこともあるので、それを備忘録として残しておきたいと思います。
まず大前提として、「売」と「買」の字形は長い年月のあいだにかなり混乱してしまったということがあります。Wiktionaryの「賣(バイ)」のページには、”別字衝突”という説明がありましたし、『漢字源流|中華語文知識庫』の「賣(バイ)」の解説には、”本来の字形を失っている”と書かれてありました。こういったことを念頭に成り立ちをみていきたいと思います。
なお、今回は試みに結論から先に紹介します。そのあとで、なぜそう考えたのかを説明します。
「読」の古い字形とその組み合わせは次のとおりです。なお、「言」の成り立ちについては今回省略します。
讀󠄀(ドク・トク・トウ、よーむ)=言+𧶠(イク、ひさーぐ)
「𧶠(イク、ひさーぐ」の意味は「売る、商(あきな)う」で、「売る」という意味の他に「売買や商売といった、売ったり買ったりする商(あきな)い」の意味がありますが、「言+𧶠=讀(読)」の場合、「𧶠(イク、ひさーぐ」は「会計・経理上の”収支(シュウシ、収入と支出)”」という意味合いで使われているのではないかと考えました。
そして、”読む”とは、”何を読むのか”ですが、おそらく、”帳簿”などといった財政の記録ではないかと考えています。つまり、
讀󠄀は牘󠄀(トク、文字を書き記す木の札)に書かれてある帳簿類を読むことが字源だろうと考えています。
そして、「売る」「買う」という現在の字形は、
𧶠(イク、ひさーぐ)の、上の部分(下にある”貝”を除く)から売、
賣(バイ、うーる)の、上の部分(士[出の変形])を除いた買
というふうに作られたのではないかと思います。
では、なぜこのような結論に至ったかについて、成り立ちから順を追って説明していきます。
まず、もう一度、上記の二つの漢字を見てみます。
𧶠(イク、ひさーぐ)
賣(バイ、うーる)
この二つの一番古い字形ですが、『小學堂』の一番古い「𧶠(イク)」と、『漢字源流|中華語文知識庫』の一番古い「賣(バイ)」は同じ字形でした。そして、『漢字源流|中華語文知識庫』の「賣(バイ)」の解説によると、「省」と「貝」の組み合わせだそうです。
省+貝
そして、その意味は、「償還する=返す・返却する・債務を弁済する(金銭を借りた者が貸し手に対してそれを返すこと)」としています。
「省」という漢字を見ると、「反省、省略、省く」といった意味合いの熟語や言葉が頭に浮かびますが、ここでは、「よく見る、審・詳(つまび)らかにする[細かい点まではっきりさせる]、明らかにする」という意味で使われています。
「省」の成り立ちですが、元は、
生+目=眚
でしたが、「生」が「少」に置き換わってしまったようです。「生」は「生きる、生まれる、生える、生(なま)」といった意味が頭に浮かびますが、「自然のままの、澄みきった」というような意味合いも含んでいて「生」が使われていたようですが、「少」の意味の「少ない、少し」が「細かい」という意味合いにもとれることから、「少」に置き換わったのかもしれません。ただこれはわたしの勝手な憶測です。
「省+貝」は、金銭をいくら借りたかを細かく計算し、きちんと返す・返させる
そういう意味を表わすために作られた漢字だろうと思います。
時代が進むにつれ「省+貝」の字形はなくなり、かわって「売ったり買ったりする、商いをする」ということを表わす漢字が必要となり、新しい組み合わせの漢字が作られていったと考えられます。
貝+出・囧(ケイ)・罒(モウ、あみがしら)
そして、「出」は「士」に置き換えられてしまい、「士」からは成り立ちを説明することができなくなりました。おそらく、文字が統一されるさいに、画数の少ない「士」が選ばれたのだろうと思います。また、「囧」からも「口」が省略されてしまいました。そして、
士+四+貝=𧶠
士+罒+貝=賣
この2つの漢字の異体字をみたところ、なんと!全く同じでした。つまり、「うる」「かう」「あきなう」という意味の漢字を作ろうとしたさい、その試行錯誤の過程において、いくつかの漢字が考案され、「𧶠」と「賣」だけが異なり、あとは同じ字形という結果に落ちついたようです。
その「𧶠」と「賣」の異なっている部分ですが、
囧
は明かり取りの窓を表わす象形文字で、「まど、明かり取りの小窓、明らか、光って明るいさま」を表わすそうです。「𧶠」の一部として表記されるさいは、「口」が省略されています。おそらく、「𧶠」と書くときはどうしても圧縮(横長に?)した形となり、「口」を書くことが難しかったんだろうと思います。お金の出入りを”明らか”にするという意味で当てられたのではないかと思います。
罒=网
は、網(あみ)を表わす象形文字で、「あみ、物にかぶせて覆い隠す網(あみ)」を表わし、漢字の一部として用いられるときは、「罒(あみがしら)」になります。「貝」をとるときに網が使われたのかもしれませんが、どちらかというと、漁をするときに用いられることから、「とる→得る→買う」というような意味づけに使われているのかもしれません。
最後になりましたが、「よむ」という行為について考えてみたいと思います。
「読む」とは「何を読むのか」と考えたとき、今の時代だと、小説、新聞や雑誌、あるいはパソコンやスマホなどのインターネット上の記事やニュースなどが思い浮かびますが、「読」という漢字が作られた時代はどうだったんでしょうか、どんな人たちがどんなものを読んでいたんでしょうか。
そのことを垣間見ることのできる資料がありましたので、引用・紹介します。
「簡牘(かんとく)も考古学がもたらした遺物の一種である。日本では、木製のものが使用されていたため、[木簡(もっかん)](木の簡[ふだ])としてよく知られているが、中国の場合、竹と木とが併用されており、材質に対して中立的な[簡牘]という概念が多く使われている。木簡の[簡]と同様に、[牘(とく)]も、原義としては[ふだ]、つまり文字などを書きつけるための木もしくは竹の切れ端を意味し、[簡牘]とは、いわば[札(ふだ)]の漢語的表現と考えて大差なかろう。」
「遺構から出土した簡牘には、『文献』の断片が含まれることもままあるが、大半はむしろ遺構の元来の機能と関連して作られた文書や帳簿・記録の類である。」
「この遺構簡牘に書かれた文字は、文書の定型句のように、当時の人々にもあまり意識されずに書かれたものや、帳簿の諸種の管理記号・記録のように、単独では解読すら困難なほど、帳簿の機能と密着しているものが多い。」
「単なる書写材料ではなく、文字が書かれた遺物として解読を進めていけば、古代人の社会生活が見えてくる。例えば、関所の遺構には、人や物の通関にかかわる[伝(でん)]や[致(ち)]と呼ばれる通関書類が残っており、当時人や物がどのように移動したかを語ってくれる。また、県役場や駅舎などの文書や帳簿には、[券(けん)]などの証明書類が数多く含まれ、役人・兵士あるいは旅行者にどのように給料や食糧が支給され、それに基づいてどういう消費がなされたかが分かる。あるいは生産道具の貸し出・労働力の徴発・物の売買・遺産の分割など、古代における社会生活の隅々まで照らし出す実態を伝える様々な文字情報が得られる。」
*以上、中国簡牘󠄀学への誘い『中国古代簡牘󠄀の横断的領域の研究』より
現在は、一般的に、「よむ」という行為を「読」という漢字で表わしますが、当時は上記引用からも類推できるように、簡牘󠄀に書かれた文字を「よむ」ことを表わしていた、あるいはそれが一般的だったのかもしれません。
以上がわたしのたどり着いた結論とその理由です。
ちなみに3つの辞典にある「読」の成り立ち(解字)を最後に付しておきます。前述のわたしの推論との違いをふまえて、子どもたちに説明してください。
『漢字源 改訂第五版』
会意兼形声。音符のイクの音はもと、d(?)iukであり、客の目を引きとめて売ること。讀は「言+(音符)イク」で、しばし息をとめて区切ること。
『新漢語林 第二版』
形声。言+売(𧶠)。音符の(イク)は、属に通じ、つづくの意味。ことばをつづける、よむの意味を表す。
『角川新字源 改訂新版』
旧字は、形声。言と、音符𧶠イク→トクとから成る。書物から意味を引き出す、ひいて、声を出して「よむ」意を表す。教育用漢字は省略形による。
*参考資料
・中国簡牘󠄀学への誘い『中国古代簡牘󠄀の横断的領域の研究』
*注意:このサイトはたいへん有用ですが、「https」という安全に暗号化された接続ではありませんので、個人の責任のもと閲覧には十分注意してください。
・小學堂の「𧶠(イク)」
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/yanbian?kaiOrder=49275
・漢字源流|中華語文知識庫の「賣(バイ)」
https://www.chinese-linguipedia.org/search_source_inner.html?word=%E8%B3%A3
・小學堂の「賣(バイ)」の異体字表
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/variants?kaiOrder=4058
・小學堂の「𧶠(イク)」の異体字表
https://xiaoxue.iis.sinica.edu.tw/variants?kaiOrder=49173
コメント